@ラブホ駐車場

 さすがにラブホ前でいろいろ釈明するとまわりから注目を浴びすぎてしまうので、俺たちはラブホ駐車場の片隅に移動することにした。

 ここからだと、遠目に池谷のケツだけが見える。なかなかにシュール。


 まあ、精子脳のことなど今はどうでもいい。

 目の前に立ちはだかる鬼をどうやって退j……じゃなくて、初音さんに怒りを鎮めてもらうか、考えなくてはいけない。


「……裏切られた気分だわ……」


 俺たちを糾弾する初音さんからは、怒りだけじゃない別の感情が見えるけどね。


「すでにそんなことをするような仲だったなら、隠さないで正直に言えばいいじゃないの?」


 でも目線は鋭い。人生のキャリアが違う。

 自分にやましいことなどないけど、押されっぱなしだ。


「緑川くんも緑川くんよ。つきあうふりだとか、かりそめの彼氏だとか、そういえば私を安心させられると思っていたの?」


「……そんな意図はありませんでした」


「じゃあ、今日の出来事は何? こんなところに琴音を連れ込んでおいて、何もなかったなんて信じられないわ」


「いやこれはなりゆきというか」


「言い訳は結構よ。琴音をもてあそんだ責任は……」


「お、お母さん!」


 初音さんの口調が、どんどん俺を責め立てるように変化する中で。

 黙っていられなかったのか、琴音ちゃんが割り込んできた。


「ほ、本当に誤解なんです! もてあそばれてもいません! 逃げるために、わたしのほうからホテルここへ祐介くんを誘って……」


「……琴音。あなた……」


「だ、だから、祐介くんを責めないでください! わたしが全部悪いんです!」


「……」


「悪いのはわたしです! わたしなんです! わたしなんですぅぅぅ……」


 琴音ちゃんの必死さに驚く初音さん。


 琴音ちゃんがかばってくれるのは嬉しいけど、初音さんの気持ちもわかるわ。

 そりゃ愛情を注いで育ててきた一人娘がボーイフレンド(仮)に純潔を散らされちゃったら、母として黙ってられるわけないよね。まだ卒業には早すぎるし。


 …………


 確かにかりそめのカンケイで、逃げるためとはいえ、勢いでラブホに入ってしまったのはやりすぎかもしれない。


 だけど! 

 本当に何もなかったんだよぉぉぉぉ!!!

 俺がヘタレだから!!!


 …………


 いや、何やってんだ俺。

 ならばせめてここはヘタレちゃダメだろ。

 琴音ちゃんをこんなに必死にさせて、俺は何もしないわけにいかないし、もっこり山インアウト以外に後ろめたいこともない。


 俺は気を取り直し、まっすぐ初音さんを見た。


「えーと、初音さん。ラブホの駐車場こんなところで言っても説得力ないかもしれませんけど、本当に俺と琴音ちゃんは何もしてないです。それだけは神に誓えます」


 心の中を探るように見返してくる初音さんから、目をそらしてはいけない。

 隠すべきやましさなどないのだから。


「あそこでケツを向けて倒れてる池谷という元カレが、琴音ちゃんを裏切っておきながら性懲りもなく再度粘着してきたので、こうなりました」


「……ああ、あの男の子なの……? 琴音の元カレ、って」


 琴音ちゃんを裏切った、と聞いて初音さんが池谷のケツをチラ見した。

 初音さんの立場からして、思うところがないわけがないだろうが……まあいいや、ここで畳みかけよう。


「はい。俺と琴音ちゃんがデートの待ち合わせをしていたところに池谷あいつが突然現れ、性懲りもなくちょっかいを出してきたので、くために仕方なくラブホへ逃げ込んで……」


「そ、そうなんです。しつこくて……」


「そうして身を潜めていたのですが、何もなく制限時間まで粘って出てきたらまだあいつがいたので、琴音ちゃんは撃退するためにあのような行為に出ました」


「は、はい。やむなくです、信じてくださいお母さん」


「あと、付け加えますが、琴音ちゃんが投げつけた使用済みスキンは、以前池谷家のごみから発見された、あいつの浮気行為の証拠の品です」


「そ、そうです、もう半月以上前のもので……」


 俺の説明に琴音ちゃんが同意してくれるという釈明スタイル。

 初音さんは果たして納得してくれているのかどうか。


「で、ちょうど撃退したところに、初音さんから声をかけられたというわけなんです。だから、琴音ちゃんも悪くありません。池谷あいつをきちんと撃退できなかった俺が悪いんです」


 青年の主張、終了。当然だが誰からも拍手はない。

 初音さんは相変わらず、俺たちのほうにガンを飛ばしている。


「……今の言葉に嘘はないのね? 信じていいのね?」


「もちろんです。嘘だったら去勢してもいいです」


「そ、それはダメです!!!!!」


 琴音ちゃん……

 ああ、せっかく何とかなると思ったのに。初音さんの目つきがさらに鋭くなったよ。なんで去勢そこだけに反応するかな。性年の主張になっちゃうってば。


「……ま、まあいいわ。で、琴音。あなたも嘘はついてないのよね? 祐介くんとは何もないのよね?」


「は、はい。わたしたちは嘘なんてついてません。祐介くんの無実を証明できるなら、わたしは何でもします」


「そう……なら、こっちへいらっしゃい。私との約束を破っていないか、身体を張って証明してもらうわ。悪いけど、緑川くんはここでしばらく待っててね」


 初音さんがそう言い終わると、死角となる建物の陰に琴音ちゃんを連れて行った。

 俺は、ラブホ敷地内にぽつんとひとりきり。

 誰も見ていないとはいえ居づらい。美人局に引っかかったふりでもしとくか?


 …………


 ……静かだな。


「あっ、お、お母さん! こ、こんなところで何するんですかぁぁぁ!!!」


 ……と思ったらなんだ。


「い、いやぁぁぁぁぁ!!! やめて、やめてぇぇぇぇぇ!!!」


 ……おいおい。


「あ、あふぅぅぅぅぅ!!! いや、いやぁぁぁぁぁぁ!!! ひゃああああぁぁぁぁ!!! はああああぁぁぁぁん!!!!!」


 ……何やってんのさ。

 今日一番の、息子いらいらタイムだぞ、ここ。

 電流エレキテルじゃなくて勃起エレクトイライラ棒、なんつって。


 ………………


 …………


 ……


「……悪かったわね、緑川くん。なにもなかったって信じるわ。琴音も疑っちゃって本当にごめんなさい」


「あ、あああ……もぅ、お嫁に行けないですぅぅぅ……わたしは汚れてしまいましたぁぁぁ……」


 やがて、うってかわってとってもすまなそうな態度の初音さんと、顔中真っ赤になった涙目の琴音ちゃんが戻ってきた。

 琴音ちゃん、巻きスカートのボタンが外れてえらいことになってるんだけど……指摘できねえ。母娘で何を確認してたんだよってば。


「……ま、まあ、誤解が解けたならよかったです、ハイ」


 興奮した息子をなだめすかすのに必死で、半分うわの空で返事する俺。

 前かがみのまま両手は組んで股間の前へ。変な挨拶ポーズになってしまった。


 琴音ちゃんのトラウマ、また増えるんじゃない? 

 いや、何をしたか正確にわからんから、初音さんが土下座すべきかそうでないか言及できないけどさ。

 いくらコメディーだからって何をしても許されると思うなよ。荒れても知らんぞ。


 …………


 盗撮してる不埒者はいないよな……?

 もしいたら全力で探し出してやるわ。



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