優しい女子と頼りになる女子と忘れたい女子

「あらあら、セッセッセで遊んでるなんて、本当に仲がいいのねえ、琴音と緑川くんは」


 部屋に入ってきた初音さんの発言がこれだよ。天然なのか養殖なのか全くわからん。


「あっはっはー、もうマブダチですよー、いっしょに不運ハードラックダンスっちまうくらい仲良しですよー」


「は、はい、まぶだちんk」


「琴音ちゃんストップだそれ以上いけない」


 危ない危ない。琴音ちゃんがテンパって母親の前でもお構いなしになってる。


「懐かしいわねえ……私も高校生の時に、男の子とセッセッセをよくやったっけなあ……」


 一方、初音さんは娘の状態などお構いなしに、遠い目をしていた。セフセフ。

 ところで、いったいそれはどっちの意味のセッセッセでしょうかね……? とは訊けるわけない。


 謎は残るが、ごまかせたことをとりあえず喜ぼう。

 琴音ちゃんもホッとしたように、お母さんが運んできたお茶へと顔を向ける。


 一緒にお盆に乗ってるシベリアらしきお茶菓子は、ひょっとしてさっきの……


「……あっ! シベリアが……で、でもなんでお茶が緑茶じゃないんですか、お母さん……?」


「あらごめんなさい。ちょうどお茶っ葉が切れちゃってて。紅茶はイヤかしら?」


「え、でも、シベリアには緑茶でしょう? それは譲れません!」


 琴音ちゃんはスックと立ちあがって、部屋を出ていく。


「祐介くん、少し待っててください! ちょっと緑茶を買ってきます! わたしが帰ってくるまで、シベリア食べちゃダメですから!」


「……お、おう」


 部屋に俺を残し、ダッシュで買い出しに向かう琴音ちゃんに、苦笑いしか出ない。

 その傍らで、初音さんが指を顎に当て微笑んでいた。このポーズ、初音さんのくせかもな。


「……あーあ、あの子ったら……全く。それにしても、本当に仲がいいのね、緑川くんは」


「はい?」


「あの子の最後の砦ともいえる自分の部屋。そこに緑川くんを残したままでも気にしないどころか、あなたをもてなすために平気で外へ出て行ってしまうんだもの。よほど信頼してるんでしょうね」


「……はい?」


 別にもてなすためじゃなくて、自分がシベリアを美味しくいただきたいだけな気もするが。うん、肝心なのはそっちじゃなくて、最後の砦のほうだろう。

 意味がよくわからないので、同意も否定もできないんだけど……まあいいか。初音さんも深い意味を込めて言ったわけじゃないだろうし。


「あらためて、琴音を、よろしくね。ちょっと自分を卑下しすぎるところはあるけど、根は優しい自慢の娘だから」


 でも、そういって微笑む初音さんの中に少し混じっている負い目のようなものは、いったい何だろうか。そこだけが気になるが。

 ややこしいことにならないよう、気づかないふりで押し通しますかね。


「もちろんですよ。わかってます。他人の気持ちを思いやれるとっても優しい女の子だってことを」


「……そう。ふふっ……ねえ、やっぱり、緑川くんって、琴音の彼氏なんでしょう?」


 おっと。別に咎めるような感じではなかったが、そう初音さんに言われて、ふと前に聞いた琴音ちゃんの独白を思い出した。



『わたしみたいにならないように、結婚する相手はちゃんと選びなさい。この人と結婚したいと思う男の人以外に、簡単に身体を許しちゃだめよ』



 何せ相手は百戦錬磨の母親。人生経験や駆け引きでは到底かなわない。

 牽制されてる可能性を考慮して、俺は無難に受け答えをした。


「いえいえ、本当にまだ違うんです。あえて言うなら、お互いに大事な人に裏切られた仲、ですね」


「……」


 無難すぎて話が続かなかった。ぼくちゃん大失敗、話がぶつ切り。

 そのままお互いに沈黙しているうち、何も知らない琴音ちゃんがお茶を抱えて帰ってくる。


 バタバタバタバタ。

 よかった、足音がおめおめおめおめ、じゃなくて。


「ま、まだ、シベリア食べてないですよね!? なくなってないですよね!?」


 慌てて駆け込んできた琴音ちゃんを見て、黙ってしまったままの俺と初音さんは、思わず同時に笑ってしまった。


 ──ナイスだね、白木家のお姫様は。大丈夫、シベリア食べたい人は一人しかいないから。



 ―・―・―・―・―・―・―



「絶対ですよ、絶対に夜になったらメッセージ下さいね」


 あの後。

 緑茶を美味しくいただきながら、なぜか初音さんを中心に、そこはかとない疑惑の含まれた雑談をした。ちなみにシベリアは独り占めされた。やっぱ自分がおいしく食べたいから緑茶買ってきたんだろ。間違いない。


 俺は精神的にちょっと疲れたぞ。ニセモノ彼氏にとって、ママンと一緒のお茶会は荷が重すぎでしょ。


 というか、彼氏彼女のふりをするという事実を、初音さんにわかるよう説明するのが一番の山場だったわ。

 初音さんは納得したのかどうかはわからん。だって目が怪しいペコちゃんみたいだったから。心の中をミルキーか!


 それが終わり、精神的疲弊があったのと、長時間お邪魔するのもなんか落ち着かなかったので、早々に退散を決意。


 で、その前に。


『彼氏彼女らしいことは、普段からしてみよう』


 そんな琴音ちゃんの提案もあり、毎晩メッセージをやり取りすることが、双方同意のもと決まった。本日の訪問唯一の成果かもしれない。


 …………


 本当に、池谷とそういうことしなかったんかね。なんだろな、彼氏彼女って。


 うーん。

 琴音ちゃんは、池谷とできなかった『普通のカップルが当たり前にすること』を俺とやってみたいのかもしれない。

 そう思ったりはしたけど。


 …………


 まあいいか、琴音ちゃんがそれで喜ぶなら。

 池谷に裏切られた事実を少しでも早く忘れ去ることができるよう、手助けぐらいはしてあげたい。


「彼氏としてはニセモノでも、せめてまわりからは本物に見えるよう努力するから、安心して」


「……はい」


 俺がそういうと少し眉尻が下がる琴音ちゃんであった。

 ふたりの話が一段落すると、脇にいる初音さんが、別れの挨拶をしてくる。


「じゃあ緑川くん、また遊びに来てくださいね。琴音がこんなに喜ぶところ、そうそう見られないし」


「お、お母さん!」


「こんな琴音、私もまた見たいから。よろしくお願いしますね。今日は嬉しかったわ」


「……は、はあ。では、お邪魔しました」


 なんとなく引っかかる言い方ではあるが、ここで何かしら反応してしまえばまためんどくさいことになるのは目に見えている。

 俺は適当にその場を濁し、歩き出した。


 でもなんだろ、足が重い。


 違和感に気づき、ふと振り返ると、琴音ちゃんがまだ家に引っ込まずに、俺を見送っている様子を確認。

 軽く手を振るとにこやかになる琴音ちゃんを遠目で見て、ほっとして。

 

 ようやく俺は、階段をひとりで降りることができた。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そして、帰宅する途中。

 ナポリたんからメッセージが入った。


『【悲報】佳世、安全日計算を間違える』


 ……おいおい。ま、俺の知ったこっちゃないけど。


 まだナポリたんは佳世と話をしているのだろうか。

 邪魔はしない方がいいかなと判断し、そのまま返信せずにいたが。


 追加で。


『【さらに悲報】佳世、祐介を所有物扱い。手放すつもりはない模様』


 全力で『お断りします』ダンスを踊りたい。誰が所有物ペットだ誰が。

 この先の展開に、いったいどのくらいの波乱があるのか予想だにできん。

 あとでナポリたんに詳細を尋ねないとならないな。


 思わず、道路に転がっていた小石を蹴り上げてしまう。


 さっきまで残ってた俺のゆるふわ余韻を返せ、ちきしょー。

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