アイスクリームの個数じゃねえんだぞ


 白木母からのニヤニヤ攻撃から逃れるため、俺たちはしら……琴音さんの部屋に移動した。


 しっかしさ、なんでこう女の子の部屋って、いいにおいするんだろうな。

 嗅覚って、思春期の衝動に絶対かなりの影響を与えていると断言できるわ。


 で、そんな天国パラダイスの中で、俺は。


「琴音ちゃん」


「次、お願いします」


「琴音たん」


「次を」


「琴音様」


「ほかには」


「琴音ぱみゅぱみゅ」


「なぜそれが出てくるのでしょうか」


「なら、きゃろらいんちゃろんぷろっぷ琴音ぱみゅぱみゅ」


「本名だと思われたらどうするんですか」


「いや正式名称でしょ」


 いろいろな呼び方を模索されていた。

 いやね、『琴音さん』では他人行儀だ、と頑なに主張されるもんで、仕方なくだよ?


「で、どれがよかったの?」


「そうですね……個人的には『琴音たん』です」


「いや、ナポリたんとかぶるし」


「……ならば、オーソドックスですが、やっぱり『ちゃん』でお願いします」


「ちゃん!」


「どこの大五郎ですか。おまけにわたしが狼みたいじゃないですか」


「なんでそんなネタ知ってるのか理解に苦しむ」


 というわけで、後略。結局『琴音ちゃん』と呼ぶことに決定した。

 なお、それから俺に対して同じことを繰り返し、オーソドックスに『祐介くん』という呼び方で落ち着いたことだけは報告しておく。


 もうこれだけ名前を言わされたら、照れも少なくなってくる。違和感は消え失せた。

 

 …………


 まさか、これを狙ってたのか?

 琴音、恐ろしい子……


「……どうかしましたか?」


「いんや、目は消え失せてたかもしれないけど、心の中でひとりごとを言っただけ。でさ、琴音ちゃん」


「は、はい」


「俺たちが仮につきあうふりをするとして。具体的になにをすればいいんだろうね?」


「……」


 俺は今日ここへ来た意味を尋ねてみたが、返ってきたのは何も考えてないような琴音ちゃんの顔。

 あっ。察し。本題だろうってばよ。


「……ま、まあさ、ナポリたんが言うには、俺たちはただイチャつくだけでいいってことだけど」


「……はい」


「で、問題。イチャつくって、どうすりゃいいの?」


「…………」


 ハイ沈黙キタコレ。

 そりゃそうよね。そうしたい感情とかは無用で、イチャつくっていうことだけが必要なんだからさ、俺たちの場合。

 いちおうすぐ頭に浮かぶことを提案してみよう。


「一般的にいうとさ、一緒に登下校したりとか、一緒にお昼を食べたりとか……かな?」


「あ、それはしたいです」


「いけ……」


 おっと。

 池谷とそれはしなかったの? と、訊きそうになったが、思いとどまった。


 あらためて自分を振り返ろう。

 佳世に告白してから、俺はどういうふうに佳世とイチャついていただろうか。


 登校も下校も一緒だったのは告白したすぐ後の期間だけで、しばらくして佳世は部活のため朝は早くなったし、帰宅部の俺とは時間もズレた下校だったし。

 たまの休みもいろいろ佳世は忙しかったから、デートしたのも数えるほどしかない。


 つきあってた期間が実質三か月だけとはいえど、これじゃあな。幼なじみだったころのほうが、いっしょにいる時間が多かったんじゃないのか。

 浮気されても仕方ないくらいに思えてしょうがないぞ。


 …………


 いやいや、だけど俺は俺なりに努力はしてたよね。


 部活で疲れていた佳世の部屋に、帰宅後様子見で顔を出したりとか。疲れのせいで佳世はすぐ寝たりしたけど。


 せめて昼休みくらいは一緒に飯を食べようって提案したりとか。佳世はバスケ部室で食べることが多かったけど。


 無理だろうとは思ってても、休日デートも誘ったよね。もちろん部活の練習とか、いろいろ外せない用事があるからと断られたけど。


 夏休みの予定もたてようと話したよね。大会に全力を注ぎたいからって相手にされなかったけど。


 …………


 佳世とチューできたことが奇跡、くらいの黒歴史だわ、これ。

 長い付き合いを経てたどりついた末の彼氏彼女って関係に胡坐をかきすぎて、中身は今まで通りただの幼なじみだったのかもな。


 ……うん、過去を振り返るのはやめよう。大事なのは、これからしら……琴音ちゃんとどうやってイチャついて、それをあいつらに見せつけるか、ってことだ。


「とにかく、なるべく一緒にいるようにしようか」


「そ、そうですね。それは賛成です」


「いっそのこと、二人で仲良くバスケ部の練習を見に行ければよかったんだけどな」


「今、バスケ部は活動休止ですからね……」


「それでも一緒にいればあいつらの目にも留まる可能性は高まるか。だが問題は……」


「……まだなにかあります?」


「しら……琴音ちゃんは、人前で手をつなぐとかイヤだし、腕組んだりとかチューなんかもってのほかでしょ?」


「……」


「やっぱりさ、こう、イチャラブワールドを展開する上で、スキンシップって必要な気がするんだよね」


「……」


 琴音ちゃんはそこで黙ってしまった。

 いやね、人前でチューとかはそりゃベルリンの壁崩壊くらいに難しいけどさ。でもおてて繋いで野道を行くくらいはねえ。

 もちろん琴音ちゃんの白くて細くて柔らかそうなおててを握ってみたいっていう願望がないわけじゃない。それを否定はしない。しないけど。でも念のため追加攻撃。


「あ、いやなことを強制する気は……」


「じゃ、じゃあ……練習、しましょう」


「……はい?」


「スキンシップの練習です。ど、どうぞ」


 反撃食らった。

 そう言いつつ、自分の右手を差し出してくる琴音ちゃん。俺は少しだけどうすればいいのか戸惑ったが、壊さないようにそーっと手を握ってみた。


 ……柔らけえ。比べるのは失礼かもしれないけど、いかにもスポーツ少女という感じの佳世の手よりも一段上の柔らかさだ。


「……大丈夫なん? 恥ずかしくない?」


 だが、いつまでも感動しているわけにいかないので、手を握ったままそう琴音ちゃんに尋ねてみる。


「……へ、平気です。むしろ……ほっとするというかなんというか」


 琴音ちゃんがそんな言葉をボソッと漏らしたのは、誰かとつながっている安心感からだろうか。

 そして他人の目がないので、恥ずかしがる様子もない。


 これならいけそうだ、とわかったのでいったん手を離すと、琴音ちゃんは少し残念そうな顔をした後に、今度は両手を差し出してきた。


「な、なら、次はダブルで……お願いします……」


 いや、首をかしげながらそんなにかわいくおねだりしなくていい。そこに山があるから登る、そこに握るべき手があるから握る!


 ぎゅっ。


 俺は両手を同時に握った。さっきより力が入ってしまったかもしれないが、琴音ちゃんは痛がる様子もなく、さっきよりうれしそうである。

 逆に俺のほうが照れてしまうわこんなん。


「ダブルも大丈夫そうだね。これなら」


 ハイ照れ隠しのセリフでした。だが、琴音ちゃんの要求はさらにエスカレート。


「……え、えーと、じゃ、じゃあ、次はトリプル、です、ね……」


「……」


 おいちょっと待て。ダブルまでならまだわかる。だがトリプルってなんだ。腕が何本もある仏像じゃないんだぞ。


 …………


 ふたりきりの部屋。

 まわりに広がる甘い香り。

 そして目の前には頬を染めたニセモノ彼女。


 あれ? 思考誘導されてね? 上か、下か。それが問題だってやつだよね、これ。


 そんなバカなラリパッパ状態に陥り、予期せぬ無言が襲ってくる。先走りもいいとこだ。ここは真意を尋ねなければならぬぅぅぅぅ!


「こと……」


 こんこんこん。がちゃ。


「琴音? お茶が入ったわよ?」


 決意して口を開こうとした瞬間に、お約束の初音さん襲来。


「せっせっせーのよいよいよい」


 思わず握った両手をぶんぶんと振りかざして、二人で遊んでいるふりに持っていく。強引だと笑わば笑え。


 いかんいかん、トリプルという単語を深読みしてしまったせいで窮地に陥るとこだった。

 ニセモノ彼氏のくせになにを考えてるんだろうな、俺。

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