日曜日はお店に出かけイベのフラグ立ててきた

 ナポリたん情報によって食欲など消えうせた俺は、土曜の夕方だというのに自室にてひきこもり開始。


『手放すつもりはない模様』


 俺のほうが立場的に強いはずなんだがな。

 なんで佳世はこんなにも強気に執着してるのか。


 そう考えると落ち着かなくなって、ベッドに横たわりながら、ナポリたんについメッセージを送ってしまう。


『あとで詳細報告求む』


 ナポリたんから返信が来たのは、かなり経ってからだった。


『めんどくさいから明日通話で伝える』


 朝一から並んだつもりでもすでに行列ができていて、お目当てのゲームソフトが買えるのか買えないのかの微妙な並び順にいるような。

 この不安感はなんでしょね。


 なんか、疲れたな……



 …………


 ……



「……ん……?」


 精神的緊張が続いたせいか、俺はいつの間にか眠っていたらしい。

 気が付けば、二時間くらい経っていた。


 そしてスマホにはメッセージが。


『ひまです。かまちょ(はぁと)』


 なんだこの可愛い琴音ちゃん。

 メッセージは三十分くらい前に届いていた。俺は慌てて返信する。


『ごめんごめん、寝てた。今何してる?』


 仲良くない男子から送られると非常にウザいメッセージ第一位、『今何してる?』だが、俺と琴音ちゃんはかりそめでもカップルだ。このくらいはいいだろう。


『祐介くんから反応がなくて寂しかったので、かんこれをプレイしてました』


 まさかの即レス。

 俺は驚くと同時に嬉しくもあった。だけど琴音ちゃんって結構ゲームに詳しいみたいだし、ひょっとして好きなのかな。


『艦これ? 俺は最近やってないなあ』


『いえ、艦〇これくしょんじゃなくて、関西これくしょんのほうのかんこれです』


『二府四県しかないだろ!』


『そうなんですが、でも一つだけ出てこなくて。大阪、京都、奈良、和歌山、兵庫、あとは……どこでしたっけ』


『……みんなで行った?』


『千葉、滋賀、佐賀! ……あ』


『わかった?』


『佐賀県ですね!』


『西川の兄貴を敵に回すのやめようよ』


 なぜかメッセージでもコントになってしまう。

 でも、こんな関係が心地いいように感じるのは、今の俺がささくれ立っているからだろうな。


 結構な時間、メッセージのやり取りをする俺たち。気が付けば晩御飯の時間になっていたが、食卓でもスマホを手放さず、そのままやり取りをつづけた。


 そして、夜も更け。


『もうそろそろ寝る時間だね。長くつきあわせてごめんね』


『いえ、楽しかったです。こんなに長い時間やり取りするのって初めてで、新鮮でした』


『ならよかった。俺も楽しかったよ。またね』


 社交辞令ではない気持ちを素直に伝えると、琴音ちゃんから締めの返信。


『また、今日みたいにセッセッセしましょうね。それでは、名残惜しいけど、おやすみなさい』


 ささくれ立った心が、いつのまにか落ち着いている。琴音ちゃんはサカム〇アかもしれない。


 …………


 琴音ちゃんと、違うセッセッセをしたら、俺はどうなってしまうんだろうか。


 なんて、な……



 ―・―・―・―・―・―・―



 格安スマホユーザーにとって通話料金がかさばるのは死活問題。

 というわけで、俺は日曜日、またまたナポリたん家に来ていた。


 今回は店の中。ナポリたんは家の手伝いでウェイトレスをしている最中だが。

 店内はヒマな時間帯なので、俺の席の向かいに座っている。


 ちなみにナポリたんは、このウェイトレス姿を知り合いに見られるのをすごく嫌がる。

 というのも、ナポリたんの制服だけ特注のフリフリロリロリ仕様だからだ。もちろんこれは店主の趣味であることは言うまでもない。

 自分の娘の可愛さを知らしめたいからってやりすぎだろ。


 だが、そこでかわされる会話は、衣装に似つかわしくない内容だ。


「……だから、佳世にとっては祐介はいて当然の存在ということだ。そして自分にとって都合のいい存在とも思っている」


「……それは前にも言われたけど、なんだそりゃ、だわ」


「そばにいて当然、優しくされて当然、助けてくれて当然、許されて当然、愛されて当然、待ってて当然。そんな意識があるからこそ、池谷によそ見ができた、って言ってたわ」


「……俺、なめられてる?」


「言葉を選ばなければそうだな。一回目はともかく、二回目は祐介がいたからこそ、池谷と一緒に溺れることができた。離れていく恐怖があればそれは最初から無理だし」


「わけわからないんですけど」


 わらを掴んで溺れやがった、ってか。俺は藁か。どうでもいいけど俺も掴まれて沈むよな。勘弁してよ。


「当たり前だ。ボクにも詳しくわからん、今の佳世は。祐介を失くすことはとても苦しいけど……」


「……けど?」


「それでもどこかでまだ、祐介が勝手に自分のそばからいなくならないとも思い込みたいようだな。だから所有物と同じだ」


「……んなわけ……」


「祐介だって、見捨てようとしても完全に見捨てられない、なんて状況にきのう遭遇したじゃないか?」


「……それは……」


「情ってものは、つきあいが長ければ長いほど身体にしみこんで取れないもんだ」


「……ああ」


「そして、言い方は悪いかもしれないが、佳世はその情につけこんでくるだろう。祐介が非情にならない限りはな。いいか、自分を守りたければ、佳世と本気で別れたければ、まずとことん非情になれ。伝説のスパイのように目的を遂行するまで。ボクも祐介はあきらめて池谷と正式につきあうしかないんじゃないか、とは言ったが。そっちもどうだかな」


 ナポリたんの忠告に反論などない。ジャック・バ〇アーじゃダメなのか。本当にすまないと思ってはいないけど。


 俺は自分では佳世を切り捨てるつもりで非情になっていたつもりでも、はたから見るとそうではなかったようだ。まだ甘いところがあったんだな。

 それでも、ナポリたんの話し方にも、佳世に対する何かしらの情けみたいなものが眠ってる気がする。


「……よう、祐介。連日何かあったのか? ほれ、コーヒー」


「あ、すみません真之助さん」


 俺が自問自答していると、店主がコーヒーを持ってきてくれた。一口すすると無糖の味。うん、このくらいシビアにならんと。


 ……あ、そうだ。


「そういえば真之助さん、白木さんのことなんですけど」


「……ん?」


「この前の琴音ちゃん、彼女が、真之助さんがお母さんの恩人だ、みたいなこと言ってたんですけど……いったいなにがあったんですか?」


 この前、琴音ちゃんが言っていたことだ。事実はどうなのか興味があったので、この際と思い軽く尋ねてみると。


「……ああ。初音さんの事か。大したことじゃない、初音さんを保護し、住むところと仕事を紹介しただけのことだ」


「……はい?」


「初音さんはな、離婚してから行く当てもなかったらしく、着の身着のままでこの街へ流れてきて、倒れそうになってた。いったんはここで保護したんだが、そのころのウチは人を雇う余裕もなかったから、従業員を探してる友人に彼女を紹介してあげてな。ついでに俺と友美恵が保証人となって、住むところも探してあげた。それだけだ」


 なんと。普通に善行の説明が返ってきた。

 初音さんが離婚してどうのこうのとは聞いてたけど、まさか本当の意味で真之助さんと友美恵さんが恩人だったとは。

 まあ、不倫のかほりがなくてよかった。


「琴音ちゃん……だったか、確か。あの時連れていた子供もボロボロだった。たかだか五、六歳くらいの子がなあ。でも、最近の初音さんは明るくなってきたみたいだし、あの子も今は幸せそうだし。一安心、てとこか」


 ……あれ?


 真之助さんの言葉になんか違和感があるけど……うん、おそらく些細なことだろう。気にしないでおく。


 そういえば、初音さんと琴音ちゃんて、確かに雰囲気とかは似てるけど、失礼ながら初音さんはそこまできょぬーではなかったな。

 琴音ちゃんはメタボリックステロイドを注射したような、違法チートなミートテックを胸に完備してるし。

 某藤原さんみたいに、父方が巨乳遺伝子の持ち主なのかな。


 離婚して、着の身着のままで──か。ふたりとも苦労したんだろう。

 できることなら昨日みたいに、笑顔でいてほしいもんだ。


 やがて店もやや忙しくなり、俺は迷惑をかけないよう退散することにした。


 …………


 安全日勘違いのことを訊けなかったけど、ま、いっか。そのものズバリで俺にはどうしようもないし、知ったら知ったで不快になるのは目に見えてるし。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そして、今日も今日とてメッセージのやり取りを夜に、琴音ちゃんと。

 特に生産性のあるやりとりはなかったが、重要議題として。


『明日の朝、いっしょに登校しませんか?』


 そんな提案をされたので、俺は快諾し、自宅の場所を教えた。


 …………


 いっしょに登校イベフラグが立ちましたわー。どうする俺。早起きしなきゃ。


 …………


 少しだけ嫌な予感もするけどな。気のせいだ。うん。

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