理解できない言い訳していいわけないだろ

 俺は気合を入れ直し、体育座りの佳世へと顔を向ける。

 そして、こんなときのために用意していたICレコーダーなるものを使って、会話を録音だ。


「佳世。おまえは、都合のいいことばかり繰り返し、真実をなにも言ってないよな」


「……」


「なぜ佳世が浮気したのか、その理由を嘘偽りなくはっきり言ってくれ。そうしないと俺も納得できない」


「……正直に言ったら、別れないでくれる?」


「ふざ……」


 おっと、先ほど白木さんから届いたメールを思い出せ。


「……正直に全部言うなら、考えてもいい。なぜ浮気したのか、なぜ相手が池谷なのか。なにもわからないんだからな、俺は」


 俺がツンドラモードでそう言うと、佳世は過呼吸気味のまま、観念したようにぽつりぽつりと話し始めた。


「……浩史君と知り合ったのは、中学校の時の全中の東北ブロックの時」


浩史君・・・、だぁ!?」


 最初から蹴り飛ばしたくなったわ。


「ご、ごめんなさい。池谷君……です」


 俺は椅子に座ったまま、不機嫌そうに足を組み替えて続きを促す。


「それまで、ね。祐介のことは好きだったけど、それが恋なのか、自分でもわからなかったの。そんなとき、すごくバスケがうまい池谷君に声をかけられて、いい気になって、有頂天になって、一気に激しい感情が下りてきたんだ」


 ああそうですか。どうせ俺は何のとりえもない平凡な男ですよ。ただ佳世とは付き合いが長かっただけで。


「これが恋なのかもしれない、そんな錯覚をしたわたしは、池谷君に誘われるがまま何度かお隣県で二人きりで会って、求められるがままに許してしまった」


「許してしまった……って、佳世、おまえ……まさか」


「……ごめんなさい。祐介にあげられなくて、ごめんなさい」


 佳世の初体験暴露いただきましたー! ちくしょう、死にてぇよ! 改めて聞かされるとダメージ甚大すぎてもう怒りのやり場がねえよ!

 あ、歯を食いしばりすぎて歯ぐきから血が出てきた。トラネキサム酸入りの歯磨き粉に変えようかな。それともア〇スがいい? 誰か教えて。誰か救って、この俺を。


「その時のわたしに後悔はなかった。ホントに愚かだったと思う。でも、池谷君に抱かれた後に、『男としていつまでも態度をはっきりさせないつまらない幼なじみなんてほっといて、俺とちゃんとつきあおうぜ』って言われたの」


「……つまらなくて悪かったな。ふざけんなこのお股ユルユルお花畑が」


「ちがうの! 最後まで聞いて! その時、ふと気づいたんだ。祐介はいつでも私に優しくしてくれていた。気遣ってくれていた。思いやってくれていた。当たり前のように、いつもふんわりとわたしを包んでくれていた。そんな祐介は絶対につまらない男なんかじゃない! って確信したら、わたしの中で池谷君に対する気持ちがいきなり醒めたの」


 佳世の言うことを信じられますか? いいえかノーで答えろ。


 なんてアンケートを百人から取ったら、おそらく回答が真っ二つに分かれることだろう。真実は一つなはずなのに。今の俺はそんな心境だ。


 いやさあ、なに? そんなひとことで醒めるもんなの、恋って? 

 そんなことすらわからない、自分の経験不足が恨めしい。まあいい、納得はいかないが、いくはずもないが、続きだ。


「そのかわりに祐介の大事さに気づいた。わたしに必要なのは、いつまでもそばにいてほしいのは、祐介なんだって。そうして自分の愚かさを呪った。だから、池谷君とは中学の時はそれっきり。そして、祐介にわたしを意識してほしくて、いろいろがんばった」


 どーりで、一度疎遠になった後、やたらと佳世が思わせぶりに接してきたわけだ。あれは誘惑だったのか。お釈迦様の掌の上で転がされていた感パネェ。

 でもな、おまえ自分で自分の愚かさを呪ったから、高校生になってからその呪いが発動したんじゃねえのか? と思うんだが。


「そのかいあって、祐介に高校入学時に告白されたのは、本当に心から嬉しかった。これは本当なの。信じて」


 これは本当、ってことは、今までの中にも嘘があった、ってことですかいな?

 だめだわ、一つ疑いだすと何もかも嘘くさく思えて。金輪際佳世のことは信用できねえな、よーくわかった。もう別れるしか選択肢ねえわ。


 ま、それでもここまで来たら、二度と関わり合いにならないで済むように、すべて吐き出させた方がいいか。


「……でも、でもね。まさか、同じ高校に、池谷君がいるなんて思わなかった。こっちに引っ越してきているなんて思わなかった。バスケ部に入部して驚いた。もう関わり合いにならないほうがいい、そう思って最初は距離を置こうとしたの」


 この辺はナポリたんの発言と一致しているな。最初にそんな気はなかったのは嘘じゃなさそうだが。


「なのに、やっぱりバスケをしている浩史君は、すごく上手で、悔しいけれど格好良くて。そんな浩史君と二人で練習をしていた時に『佳世のことを忘れられない。もちろん、今でも』なんて言われて、またいい気になって。わたしは中学の時に戻ってしまった」


「……まさか」


 あとまた浩史に戻ってるぞ。サノバビッチ。


「……ごめんなさい、ほんとバカだった。夏の合宿の時に、また一線を越えちゃったの。あの時のわたしは、中学時代に戻ってしまっていた。罪悪感はあったけど、でも、祐介なら許してもらえるかもしれない、そんな甘い考えもあった。そうしてしばらくの間、おぼれた」


 俺はただただ絶句。

 こうみどりにして鳥はいよいよ白く。いやこのネタ別の作品でやったわ。使いまわしイクナイ。


 しかし、昔の人は偉大だな。バカは死ななきゃ治らない。うん、至言だ。なんで繰り返すのよ。あほくさ。


 あったまもおまたもゆーるゆるー

 りかいふかのうビッチの心理

 かかわらないですたこらさっさ

 あとーは野となれママとなれ―


 ってか。


 ちなみに今の歌はお股ユルユル音頭という。作詞作曲は俺だ。違う人が作った歌だとJAS〇ACに著作権料払わなきゃならないからな。その辺はきっちりやってる。


 まったく、許すわけねえだろ! どんな都合のいい思考回路を持てばそんな結論が導かれるんだよ!

 ああもう。怒りが有頂天で俺も麻痺してきたわ。落ち着け俺、白木さんのぱんつ。白木さんの白いぱんつ。


 ……よし。俺クール、佳世はフール、修羅場はシュール、池谷は埋めーる。うまく韻が踏めたところで続きだ。


「で、なんでまたいきなり醒めたんだよ?」


「……この前。祐介の誘いを断って浩史君と会っていた時。あの時……浩史君に、避妊をしてもらえなかったの。安全日だったけど」


「!!!!!」


 ビッチここに極まれり。まさかあの日、池谷と『入れる、注ぐ、おいしい』をやっていたとはね。もう驚かんわ。驚いたけどあきらめた、が正しいかもしれん。ま、負け惜しみじゃないんだからねっ! 

 大人の生クリームなんて、ビッチには甘い甘いご褒美だわな。スイーツかっこわらい。


「そうして、行為後のおぼろげな中で。浩史くんの子どもを妊娠したらどうしよう、そんなふうに考えたら……とてつもなく怖くなった。なぜかその時、祐介の顔が浮かんできた。もしも祐介の子どもだったら、わたしは怖くなかったと思う」


 俺は怖ぇよ。なんでこの歳でパパになるとか考えなきゃならないんだ。まだ青春をエンジョイしたいぞ。十八歳になったらやりたいエロゲーだってたくさんあるし。


「祐介以外の相手の子どもが、わたしのお腹を膨らませる……そう思ったら、怖くて怖くて仕方なかった。そうしてまた自分の愚かさに気づいた」


 ところで、前回に自分の愚かさに気づいてたらもう繰り返さないはずなんだが、そいつをどう思う? すごく大バカです……

 阿部さーん! もうこいつのお口のジッパー、全部閉めちゃって!


「だから、もう絶対に祐介以外の男の子を見ない。祐介以外の男の子とは二人きりにならない。将来は祐介と一緒に家庭を持って、祐介の子どもを産みたい。二回も間違ってやっとわかった。わたしには祐介しかいないの」


 いやそんな将来の家族計画を今語られても。だからこれからのことじゃなくて今までにしてきたことが問題だと何度言えば。

 ついでに気づいたが、俺に拒否される選択肢がないあたり、こいつやっぱり自分のことしか考えてねえわ。なんで俺、こんな奴と長年幼なじみやってたんだろうな。自分の十六年の人生が無意味なものに思えてきた。むなしさ炸裂、センチメンタルなグラフティ。


「だから、お願い。もうよそ見しないっていう誓いとして、祐介に、抱かれたいの。抱いて、ください」


 黙って聞いてれば本当にもうね。


 あとさ。

 神様、俺って前世はカッコウでしたか? そして自分の子を育てられないあまりの悲しさに来世に期待したから、人間に生まれ変われたの?

 んで、前世の業が現世にきたのかよ。なら納得……いくわけねえ。悪化してるわ。


 ああきたねえ。佳世がとてつもなく汚く見えて仕方ない。

 勃直リーチ、浮気、破瓜、性行為、生中、托卵、一発、自業自得ツモ。数え役満だぞオイ。


 ……まあそれでも。

 否否単論あれど、佳世が真実を包み隠さず自白したことは間違いないだろう。それがわかるくらいには付き合いは長い。

 一応の誠意として受け止めておくか。


 だからこそ、俺も誠意をもって、ホントの気持ちを佳世に告げよう。



「ムリ。病気怖いし。というか、何もかもムリ」



 ……えええ。

 なんで俺の誠意に超がつくほどの号泣してんのさ、佳世は。

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