白木さんを泣かせたおまえらは許さない
「いやだいやだいやだいやだぁぁぁぁ……正直に言ったら別れないって言ったのにぃぃぃ……」
おお、佳世が錯乱のあまり小学生化している。号泣しながら手足をじたばたさせるさまは一昔前の漫画のようだ。
「……あのさぁ、俺は『考える』っていっただけだぞ。佳世が正直に言ってくれたから俺も嘘偽りなく答えた。別れるのは確定。どうやっても覆らねえよ」
「いや、いや、いやぁぁぁぁ……祐介が、祐介がわたしのそばからいなくなるなんていやだぁぁぁぁ……」
「そんなに俺と別れるのがいやなのに、池谷に股を開いていたんですねぇ」
「もうしないぃぃぃ! 絶対にもうしないから! 二人きりで会わないから! 信じて!」
「さっきから何度も簡単に言ってくれるけど、本当に俺がそれを信用できると思ってる? 浮気なんてのはな、一度もしないか何度もするかのどちらかだろ? 俺はやだよ、また佳世が池谷と交尾してんじゃねえかって、一生疑いながら一緒にいるのは」
佳世の激しい泣き声が少し止んだ。
俺はここぞとばかりに、うっぷんを晴らすため責めたてる。
「だいいちな、ナポリたんだって心配してくれてたんだぞ? そのことをナポリたんから報告されたあとに、いきなり佳世がまた彼女面するようになってきたのはなぜだ?」
「あ、あの時はちょうどさっきの件があって……奈保ちゃんから祐介との仲を訊かれたときに、改めて自分の愚かさを悔やんで、これからは祐介を大事にしよう、って……」
「嘘つけ。はっきり言うけど、どう見たって池谷との仲がバレるのを隠したくて、しばらく距離をおいてごまかそうとしてたとしか思えんぞ。その証拠に、俺のそばにいても俺のことなんて全く見てなかったじゃん」
「嘘じゃない! 必死だったの、祐介が離れていくのが怖くて、必死だったの。バカだった、本当にわたしがバカだった。だから浩史にも、しばらく会わないってちゃんと言った!」
おいおい、弁明に必死でついに地が出たか。
「ふーん。いつもは池谷のことを浩史、って呼び捨てにしてるんだな」
「あっ……」
「ふざけろよ。しかも『もう終わりにする』じゃなくて、『しばらく会わない』だろ? ほとぼりが冷めたらまた会う気満々じゃねえか」
「本当にもう終わりにするから! 信じられないなら祐介の目の前でお別れしてもいいから、本当だから!」
「自分の彼女が浮気相手に別れを告げるシーンなんて見たいわけないだろ。そんなに俺の精神崩壊させたいの? おまけにそんな簡単に終わりにできんの? そんなに簡単だったら、また口説かれて簡単に股開いたりするよな? どうせ部室にあんなもの持ち込んだのもおまえらだろ?」
「それは違う、部室のあれはわたしじゃない! 本当に誰かわからないの、お願い信じて!」
「……あん?」
どゆこと?
俺はてっきり、佳世と池谷がアレを持ち込んだとばかり思っていたんだが、そこだけは予想外。この状況で佳世が嘘をついても仕方ない気もするし。
じゃあ他の誰かかよ。やっぱ廃部推奨だわ、バスケ部。ナポリたんには悪いけど。
予期せぬ反論のせいで俺の追及が一時止まると、佳世が再度弁明を必死で繰り返してきた。
「本当にどうかしてた、おかしくなってた。でももう目が覚めたから、これから祐介のことしか見ないって誓うから! だからこれからのわたしを見ていて、お願い! わたしは祐介とひとつになりたいの! ずっと一緒にいたいの!」
「うん、俺もどうかしてたよ。だからそれ全部ムリ。もう別れよう」
また佳世号泣。浮気テンプレって便利だな。そして最初に戻る。
池谷が精子脳なら、佳世は子宮脳ってか。会話が通じなくてつらたん。
だが、いくら同じやりとりをループしたとしても、別れるのだけは譲れない。
また佳世が浮気するんじゃないかとずっと疑いながら。
池谷とどんな行為をしたのかなんて、したくもない想像をさせられながら。
俺と一緒にいた長い月日を、バスケがうまくてカッコイイだけの池谷にあっさり否定される屈辱を味わいながら。
それでも一緒にいられるほど、俺はマゾじゃないもん。
あと、なんで佳世がこんなに俺に執着するのか本気でわからんわ。
俺と別れてただの幼なじみに戻ったって、別に池谷とつきあえばいいだけじゃねえか。そうすれば今まで通りヤリまくりの日々を送れるわけで、何も変わらないんだし。
…………
あ。
そうか、そういえば一応池谷にも白木さんという彼女がいたんだっけ。修羅場の雰囲気に流されて頭から吹っ飛んでた。それを知ってるから、俺と別れても大っぴらにつきあえないから、だから俺に執着してるわけ?
クッソ。やっぱり佳世は俺のことなんて見てねえ。はっきりと思い知らされたわ。こいつは自分の身の振り方を案じて、世間体を気にして、形だけでも俺との付き合いを優先させてるだけに違いない。
…………
そうだよな。
佳世は、俺だけじゃなく、白木さんも不幸にした。
俺が味わったこの屈辱を、白木さんにも与えるような行為をした。
なぜだろう。
あらためてそう考えると、そのことが俺の中でとてつもない怒りに変わった。
俺よりも白木さんを不幸にしたことの比重が、やたらと大きかった。
──もうこいつらのことを許せるわけもない。
「佳世、おまえさっきから俺にしか謝ってないけど、おまえさ、池谷にも彼女いるって知ってるよな?」
「!!!」
「おまえたちのやってる行為は、その彼女も不幸にしているってこと、わかってるんだよな?」
「あ、あああ、ごめんなさいごめんなさい、浩史……くんが、その彼女とは、キスもなにもないって……だから問題ないって……」
「いや、問題ありまくりだろ。まだ別れてないんだし」
「で、でも、そのうち別れるって……佳世のほうが好きだから、俺は佳世を抱きたいって……」
土管!
俺は思わず自分の机を蹴っ飛ばした。
足がめっちゃ痛いがそれよりも怒りのほうが大きい。アドレナリン飽和状態だ。あ、机の横がへこんだ。あとで損害賠償請求しとこう。
俺の顔はその時、おそらく鬼の形相になってたと思う。
公園で号泣していた白木さんの姿が、あまりにも哀れすぎたのを思い出してしまったから。
「おまえらなあ! 本当に順序が逆なんだよ! それなら俺と別れて、池谷も彼女と別れてからそういうことをするのが筋だろうが!!!」
「あ、あああ、あああああ、ご、ごめんなさいごめんなさい怒らないでごめんなさい怖い顔しないでごめんなさい許してくださいごめんなさい」
「俺に対する責任は佳世にも取れるだろうがな! どうやって白木さんに対して責任取るんだよ!! 取れないだろ、取れないだろうが!!! これほどのバカとは思わなかったぞ!!!! 俺たちと無関係な白木さんまで不幸にしてんじゃねぇよ!!!!!」
今日一番の俺の怒声に、佳世もビビってしまったようだ。ガタガタと震えている。
思わず俺は佳世の股間を確認してしまった。よし、漏らしてはいないな。
さて続きだ。
…………
あ。
白木さん、とか固有名詞出しちゃった。ま、いっか。そこに気づいてはいないようだし。
でも、少しだけ気まずいから、トーンダウンさせとこっと。
「……とにかく、大事なのはけじめだ。おまえも自分が悪いことしたと思っているなら、すべてにけじめをつけろ。話はそれからだ。詫びるつもりがあるなら、行動で俺に見せてくれ」
別れるという意思を込めた俺の発言。
だが俺がかつて見せたことのないさきほどの激情にやられたようで、佳世は無反応だ。
「安心しろ、おまえの家には今回のことは言わないでおく。表面上はただの幼なじみに戻るだけだ。もう帰れ。あ、あと一つだけ忠告しとく。妊娠検査と性病検査はしといたほうがいいぞ」
俺の最後の気遣いともいえる言葉に佳世は力なくうなずいて、ようやくその場を去っていった。小説書くのと一緒で、修羅場って体力勝負だな。もぅマヂ無理。くりかえすぞ、もぅマヂ無理。
…………
佳世とは、これで終わり……か。
ほろり。
ああそうだよ、威勢のいいことを言っておきながら、どこまでも未練たらしくてすまんな。でもな、一緒に過ごした月日が当初の予想以上に重かったんだ。
──俺はラオウにはなれなかったよ。
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