目の前にあるミエナイモノ

「部活がないなら、浮気の機会は家の中か宿泊施設になるでしょうか……?」


 どうやら白木さんも俺と同じ考えのようで。


「その可能性は高いと思う。でも、おそらく宿泊施設はマネーがかかるから、そうそう続かないでしょ。自宅を見張るのが一番じゃない?」


「そ、そうですね。次の週末は土日ともおはようからおやすみまで池谷君の家を……」


「興信所並みだなもう」


「差し入れにあんぱん買ってきてくださいね、緑川くんは」


「なんでそんなパシリみたいな扱いなの?」


「……それがいやなら、いっしょに見張りますか?」


「……」


 一瞬迷った。いや、「いいよ」と返事しそうになって思いとどまった、というのが正しい。


「……遠慮しとく。俺って基本的に飽きっぽいから、時々様子を見に行くくらいでとどめとくよ。何か動きがあったら駆けつけるけど」


「そう、ですか……」


 白木さんがなんとなく残念そうだ。


 見張りデートウィズ白木琴音、それも悪くない。でも、建前だけでもそんなふうに思っちゃうのはいけないような気がして。

 形式的には俺はまだ佳世の彼氏。白木さんは池谷の彼女。万が一にも間違いは起こさないように、今はある程度距離を置かねばならん。


 …………


 俺が佳世に振られて、白木さんが池谷に振られたとしたら、あるいは──いやいや、なんでそんな先のことを考えなきゃならない。


「そのかわり、差し入れを奮発してあんぱんにミルクもつけるから。期待しといて」


「ぞ、象のミルク……?」


「あー、それまさかのお気に入りネタでしたかー」


 穏やかに微笑みかけると、それにつられて白木さんも笑顔を返してくれる。


 ──俺の精いっぱいを白木さんはわかってくれただろうか。


「……なんでおまえら、浮気された者同士でスウィートなエアーを醸し出してるんだよ」


 キック〇フばりに見つめあう俺たちにナポリたんがチャチャ入れしてきた。そのあとの二人の慌てっぷりまでがテンプレのうち。


「……ふん、まあいい。ボクはボクでやらなきゃならないことがあるから、今はとりあえずそちらへ注力する」


 ナポリたんは、そう言ってやれやれとため息をついた。


「へっ? やらなきゃならないこと?」


「ああ。さすがにバスケ部を廃部にさせたくはないし、退学者も出したくないんでな。ボクにできることをするために、バタバタ走り回ってくるさ」


「バタ子さんか。ナポリたん、やる気まんまんだね。いや、やる気まんまんで走り回るなら、バタ子さんじゃなくて」


「うるせえ品性下劣。第三の脚けり上げるぞ。まあ、そういうわけだから、そっちはそっちで頑張れや」


「おう。情報ありがと。そちらもご武運を」


 俺が手を上げたのを見てから、ナポリたんが慌ただしく走り去っていった。ミニマム級なのにアクティブでパワフルだな。見習わなければ。

 残された俺と白木さんは同時にスマホの時計を見る。もう昼休みもおしまいだ。


「じゃあ、俺たちも戻ろうか。また放課後に打ち合わせでも……」


「そ、そうですね」


 とりあえず約束とは言えない約束をして、解散することにした。


「では、おめおめと浮気されたわたしたちは、おめおめと走り回りましょう……」


「まさかのバタ子さんネタ継続でしたか」


 教育上よろしくないと、アンパンチ食らいそうなコントですな。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そして、あ――――――――っという間に、放課後。

 授業がかったるかった。トイレを我慢していたので、つらい時間だった。


 さて。

 ナポリたんは昼の様子からして、今日は忙しくしてるだろうし。

 まずは放尿して、それから白木さんと情報交換でもしようかな。なにか見落としがあるかもしれんし。


 反射的に、トイレから出ると、足が裏庭に向く。

 裏庭入り口に到着すると、白木さんが定位置であるベンチに座っているのが、遠目から見えた。


「あ、いたいた。おーい、しら……」


 そう叫んで右手を上げようとすると。

 遠くからでもわかる高身長のイケメソらしき男が突然現れ、白木さんに近づいて、その前で立ち止まった。


「……あ」


 池谷だ。白木さんがやつを見上げてなにか話している。遠すぎて表情も会話もわからない。

 俺は中途半端に手を上げたまま、その場にひとり立ちつくすだけ。


 …………


 そうだよな、白木さんはまだ、池谷の彼女だもんな。二人の間に俺が割り込んでいいわけはない。


 まだ話し込んでいる白木さんと池谷にそれ以上近づくのをやめ、くるりと反転して、俺は正門へと戻った。カメもびっくりのノロさで。


 そして、呪いの正門前で。


「……あ、教室に向かったらいなかったから、帰っちゃったかと思ったけど、よかった。メッセージ見てくれたんだね。祐介、よければ一緒に帰らない?」


 佳世が待っていた。

 何のことだろうと思ってスマホを見てみると、佳世から『正門前で待ってます』とのメッセージが入っていた。

 白木さんと池谷に気をとられて、まったく気づかなかったわ。


「……部活は……」


 と言いかけて気づく。そういやバスケ部はしばらく活動停止だったっけ。


「うん、うわさには聞いてるかもしれないけれど、しばらく休みだから。当分は一緒に帰れるね」


「……あ、そ」


「今まで一緒にいられなかった分、彼女として誠意を込めて汚名挽回するから。楽しみにしててね」


 うぜぇ。そしてこんなにバカだったっけ、佳世って。

 まさか、バスケ部であんなことが問題になったから、ほとぼり冷めるまで池谷と距離を置くつもりなのか?

 そうすると、やっぱりあれを持ち込んだのは佳世と池谷なのか?


 そんな思考を巡らせながら、眉間にしわを寄せて怪訝そうにしている俺に、佳世は全く気付かない。


 ──なんだよ、こいつ。俺のことなんて全然見てねえんじゃねえか。


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