腐ったミカンがバスケ部を侵食している

 その後、佳世とのやり取りもそこそこに学校へ入ると。

 なんと大問題が校内を席巻していた。


 めんどくさいから簡潔に言う。

 昨日のナポリたんのメッセージ通りの事実が大問題となり、やれバスケ部が廃部危機だとか、退部どころか退学者が出そうだとか、噂が噂を呼び背びれ尾ひれまでついて広まっている、というわけだ。

 すげえな学生の情報網も。


 当然のごとく、昼休みにバスケ部員全員召集がかかったようで。

 俺も全くの無関係ではないんだが、とりあえず佳世に訊くわけにもいかず、ナポリたんの報告待ちである。今日も昼飯抜きかな、ナポリたんは。


 そして。

 実態は定かではないが、あらためて佳世と池谷がどんなプレイを部室内でしていたのか、などとしたくもない妄想を繰り返しつつ。

 落ち着かない裏庭のいつものベンチに、白木さんと並んで座っていた。


「……」


「……」


 お互いに無言。

 白木さんもおそらくは、脳内でしたくもない妄想を繰り返しているに違いない。

 食欲など湧くかよ、こんな状態で。


 しばらくして、お互いに昼飯を食する様子がないことを確認した白木さんが、持っていたポーチからキャンディーを取り出して、俺に差し出してくれた。


「何も食べないと、脳のエネルギーがなくなっちゃいますから。よければ、どうぞ……」


 妄想リプレイの繰り返しで、脳みそフル稼働だもんな。確かに糖分が必要かもしれない。

 俺はありがたく頂戴することにした。


「ありがと。ミルキーなんて久しぶりだわ。……うん、おいしい」


 俺がミルキーを口に入れたのを確認してから、白木さんもそれを口に運ぶ。

 下手に噛むと治療した歯の詰め物がくっついて取れるので、噛まずに口の中でコロコロと転がしながら、会話。


「……は、はい。ママの味、ですね」


「……そういえば」


「どうかしましたか?」


「いや、なんでミルキーはママの味なんだろう、って疑問が浮かんだ」


「ミルクたっぷりだからじゃないですか?」


「ミルクと言えば、ママなのか。まあ確かに授乳はママしかできないな」


「そうですね。だいいち、パ、パパの味ミルキーなんてあっても、食べたいですか……?」


「それは確かに……でも、パパの味ミルキーを開発するとしたら、何が原料なんだろうか?」


「……ぞ、象乳……?」


「最近の象は鼻の先からミルクを出すのか……」


 いつも通りの変な会話をしつつも、お互いに落ち着かないのは仕方ない。

 こんな会話からも、ひょっとすると佳世が池谷の象乳を──なんて浮かんじゃうわけで。


 それでも、だ。

 やはり白木さんの存在は俺にとって大きい。

 髪の毛をかきむしりたくなる激情が、白木さんによって穏やかになるようエフェクトされてる。間違いなく。

 ありがたい存在だな。


「……バスケ部、どうなってんだろな」


「……はい……」


 自主練が終わったあと、顧問が見回りした女子バスケ部内に隠された避妊具を見つけ、大問題になったのが昨日の夕方。

 しかしどこに隠していたのか、どうやって見つけたのかがわからないから、第三者から見ればギャグでしかない。


「……しかし、部室にスキン持ち込むとは、真っ盛りだよな。そんなにやりたいのかね」


「……」


「ま、発情期だと、理性が飛ぶってか」


「……緑川くんは」


「……ん?」


「そういうこと、やっぱりしたいですか?」


 俺の口からミルキーがポロリと落ちた。

 呆然として横を向くと、上目遣いで俺を見てくる白木さんがそこに。

 ウィズ潤んだ瞳。反則だろ、破壊力SSS級だわ。


「……いや、何も考えないなら、そりゃまあ……」


 焦って変に答えてしまう。


「じゃ、じゃあ、吉岡さんにそれを迫られたら……やっぱり……」


 声はせつなそうだが、何を想ってそんなことを俺に訊いてくるのかいまいちわからない。

 佳世に誘われたら、ホイホイやっちゃうか、って話なの?


 少しだけ、ほんの少しだけ考えて。


「……それは、多分無理。池谷とやってたとか考えたら、気持ち悪くなりそう」


「そ、そうですか……」


 なぜか白木さんがホッとしていた。質問の意図がつかめない俺が首をかしげていると、次の質問が飛んでくる。


「じゃ、じゃあ、今一番、緑川くんがそういうことをしたい人は、誰……」


「おーう! やっぱりここにいたか、祐介と白木!」


 おっと、ナポリたんが戻ってきた。白木さんが慌てて姿勢を正す。


「あ、悪い。なにを訊こうとしてたの?」


「あ、い、いいえ、気に、気に、気にしないででで」


「……なんかおかしいけど大丈夫?」


 久しぶりに赤木さん降臨。そんな様子を気にも留めず目の前までやって来たナポリたんが、開口一番に愚痴った。


「あ゛ーも゛ー、危険物を部室に持ち込んだバカのせいで、今日も昼抜きだー! ちくしょー!」


「……お疲れナポリたん。で、いったいどうなったの?」


「んー、とりあえずバスケ部は男女ともに活動停止一か月、対外試合禁止三か月。残念ながら持ち込んだ奴は特定できなかったから、個人のおとがめは保留となった」


 説明しながらナポリたんは俺の横に勢いよく座って、足を伸ばす。俺と赤木さんは、少しだけたれ蔵のような目になった。


「……けっこう厳しくね?」


「そ、そうですね。特定できなかったということは、使った事実すらもわからなかったということに……」


 記者からの質問を受け、ナポリたんがめんどくさそうに答えてくれた。


「いやそうなんだが、男子バスケ部でも似たような事例があってだな。夏の男女バスケ部合同合宿の時に発覚して、その時不問にしたせいで問題が再発したという理由と、噂が広まりすぎたせいで見せしめとして処分が上乗せされた形だな」


「……はあ」


 そういや、佳世が俺から距離を取り始めたあとに、合宿があったんだっけ。


 …………


 もうこれ、完璧にバスケ部全体クロでしょ。


「俺さ、バスケ部廃止の署名運動、明日から始めるわ」


「わ、わたしも手伝います」


「だー、やめろ! あんな部活でもまともなやつはいる! ボクみたいに!」


 まともの再定義をしなければならない時期かもしれない。

 ナポリたんは一般生徒には『萌えるごみ』扱いだもんな。主に中身のせいで。いや、見た目だけは確かにその筋の嗜好を持つ人から崇め奉られているけど。


「まあ、それはともかくとして。つまり、しばらく部活はないというわけかな?」


「ああそうだ。店の手伝いをやらされそうで鬱だ……」


 ナポリたんが心の底から嫌そうだ。なぜ店の手伝いが鬱なのか理由はわかるが、そこにはあえて触れずにおこう。


 あーあ。

 しばらく佳世も池谷もフリーか。部室でできないなら、自宅かラブホでまた盛るんじゃねえの?

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