復讐のための予習が難しすぎます
「もう決めた。俺は佳世と別れると、はっきり本人に告げてくる」
揺らがないように、俺は白木さんとナポリたんの前ではっきりと宣言した。
これ以上自分の尊厳を踏みにじられるのは耐えられない。
俺の宣言を理解した白木さんが、身体を震わせたまま、スローモーションで俺のほうへと顔を動かしてきた。瞳は潤んでいて、どんな意味が込められているかはわからない。
「……ん。まあ、しゃーないな。ただ、もう少し考えてからでもいいんじゃないか?」
そしてナポリたんは、俺の肩をポンポンと叩きながらそんなことを言ってくる。
「考えることなんてないと思うんだが」
「いやあるだろ。おまえと佳世は家族ぐるみのお付き合いでお隣同士の幼なじみだ。おまえらはただ別れるだけじゃなくて、全くの他人になるのか、それとも幼なじみとしての関係は一応継続するのか、それも考えないとダメだろ?」
「……」
「それにな。もう一つ問題がある」
「なに?」
「白木はどうするんだ? 別れるのか、それともこのまま続けるのか」
ナポリたんが白木さんのほうに話を振ると、白木さんは膝の上に乗せた手をギュッと握りしめて、ボソッとしゃべった。
「……わたしも、おそらくは……別れるんじゃないかな、と……いえ、別れます」
その話を聞いて、ナポリたんがおもむろに腕を組んだ。白木さんと違って脂肪が乗らない。どうでもいいけど。
「そうか。なら、これで池谷と佳世は堂々とつきあえて、あいつらはさほど痛い目を見ずにハッピーエンドだな」
「え゛」
「どのみちおまえら、池谷にも佳世にもここ最近相手にされてなかったんじゃないか? おまえらから別れると切り出したところで、唯一守られるのは、『自分から振ってやった』というプライドだけだ」
ナポリたんの言葉は、くやしいが正しいわ。
もうおそらくは、こちらから別れを切り出したところで、あいつらにダメージはいかない。むしろ堂々とつきあえるようになってハッピーラッキーサルモンキー、かもしれん。夢夢ちゃんオールセブン。
「だから、それだけで終わらないように、あいつらにもそれなりに傷ついてもらわないとならないだろ。まわりを巻き込むなりなんなりして、制裁を与えることを考えてもいいんじゃないか、って言ってるんだ。もちろんボクも協力するから」
ロリ軍師からの助言にハッとする。そうだった、復讐心を忘れてた。怒りが凌駕しすぎて。
ナポリたんが協力してくれれば、俺たちだけでは思いつかなかった復讐方法が見つかるかもしれない。
助言しつつ少しだけ悪代官顔してるようにも思えるが、気づかないふりをしておこう。ナポリたん、おまえもワルのよう、ふぉっふぉっふぉっ。
いやほんと、どうせならスカッとしたい。番組のように都合よくはいかないにしても。いざとなればナポリたんに悪者になってもらって……いやいや叔母を裏切るわけにはいかんか。自粛自粛。
「ありがとう、確かにその通りだわ」
「そ、そうですね。ありがとうございます、小松川さん」
俺と白木さんが頭を下げると、まんざらでもなさそうなナポリたんであったが。
もう一言付け加えるのを忘れなかった。
「ただなー、おまえらがまだ
これが痛いとこをついてきた。思わず反論できなくなる。
今は怒りによって支配されてるからこそはっきり決意できたが、この怒りが醒めたら果たして俺はどう思うだろう。
さっきのラザニアと一緒に、佳世に対する未練を飲み込むことができたか。俺が試されているのかもしれない。
断固たる決意が必要だ。俺は桜木になるんだ。佳世としたいです、などという三井状態ではイクナイ。
「……とにかく、基本的な方針は決まったから、焦る必要もなさそうだし真剣に考えてみるよ、今後のことを」
俺の返答にナポリたんは頷いて、次はおまえだと言わんばかりに白木さんのほうを向く。
「ん。白木はどうする?」
「は、はい。優柔不断で申し訳ないんですが、わたしは正直、池谷君と吉岡さんの出方しだいかな、と思ってます。でも、えと、少し疑問なんですが……」
おずおずと言いにくそうにしている白木さんであった。
「どうかした? 言いたいことがあるなら遠慮しなくていいよ」
「あ、あの、池谷君はたぶんもうわたしに気持ちはないと思います。ですが、吉岡さんは……」
「……佳世がどうかしたの?」
「池谷君と緑川くんを天秤にかけたら、重いのはきっと緑川くんのほうだと思うんですけど、どうでしょう……?」
俺の決意を揺らがせるような意見がでてきた。これは白木さんに根拠を訊かねばなるまいよ。
「……なんでそう思うの?」
「わたしと池谷君に歴史はありません。だから心変わりするのも仕方ないと思うんです。でも、緑川くんと吉岡さんは違います。長い長い時を一緒に過ごしている。ふたりの歴史がある」
「……」
「一時的に激しく燃えあがっても、燃え尽きるのも早いです。そのあとに残るのは、いっしょに過ごした歴史なんじゃないでしょうか。だからわたしは、吉岡さんが緑川くんより池谷君を選ぶとは思えないんです」
「……なるほど。確かに白木の言うことも一理ある。脳内お花畑から醒めたらどうなるか。そして、ひょっとすると……」
いやありえないでしょ、と俺は思ったのだが、女性同士で分かり合える何かがあるのだろうか。ナポリたんが白木さんの意見を受け、親指を顎に当ててから、再度俺に話しかけてきた。
「……なあ、祐介」
「なに?」
「佳世に別れを切り出したとしてだ。そう言われた佳世が『嫌だ、別れない』って言って来たら、おまえはどうするんだ?」
「はぁ?」
全く考えてなかったわ、そんなこと。
「……ありえないだろ、そんなこと。最近のあいつらのラリ具合を見てみろってば」
「そうか? 結構な確率であり得ると思うがなあ」
「ないない。万が一そんなこと言われても、俺はもう別れるって決めた」
「おい祐介、その場合間違いなく考えうる中で一番の修羅場になるぞ? いやでもそれなら……うーん……」
否定しながらも、俺の頭の中はこんがらがっていく。
ナポリたんと白木さんも考えこんでいる様子であったが、店が混んできたこともあり、軍議はいったん終わりを告げた。
白木さんを送っていこうかと持ち掛けたが、やんわり断られたところまでは記憶にあるのだが。
気が付けば家の前に立っていた俺は、どうやって帰宅したかを覚えてなかった。
──こんな感じで、佳世のことを忘れ去れねえかな。
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