バレてないと思った? ざーんねんでしたー

「ごちそうさまでした。おいしかったです」


 ラザニアを食べ終えた白木さんの心境はどうなんだろう。

 ナプキンで口元を拭く様子からは、先ほどメールを確認したときのような動揺は感じられないが。


 チラッと見てはまた視線を外し、そして少ししてからまたチラッと見て。

 そこで食後のエチケットをし終えた白木さんと目が合った。


「……あの、本当に、お代はいいんでしょうか」


 おっと、気にしているところが俺とは違ったようだ。

 天然っぽい勘違いに、思わず俺が吹き出す。


「俺のほうから無理に誘ったのに、そんな心配までしなくていいよ」


「え、そ、そんなこと、ありません。ありませんよ。いくらわたしでも、望まない誘いならはっきり拒否します」


「ふーん。白木さんって押しに弱そうだから、断れないかと思ったけど。断ったことあるの?」


「……はい。さっきのメッセージみたいに……」


 自爆した俺から、魂が抜けて幽霊みたいになった。これがほんとの自爆霊、なんてな。

 案の定お互いに黙り込む。


「……ほれ、食後のラテだ。祐介はブラックでいいか?」


 すると、ナイスタイミングで真之助さんがコーヒーを運んできてくれた。


「あ、ありがとう、真之助さん」


「ありがとうございます。そしてごちそうさまでした。ラザニアはやっぱりここのが一番おいしいです」


 またまた深々とお辞儀する白木さんだ。お礼をきちんと言える、これって素晴らしいことだよな。お母さんの教育の賜物だろう。

 真之助さんですら、めったに見せない笑顔になる。


「はは、琴音ちゃん……だったか。何度か店にも初音さんと一緒に来てくれているのに、名前はよく知らなかったな。勘弁してくれ」


「あ、い、いいえ。母もそこまで説明しなかったですし……」


「まあ、ウチの娘も孫もお世話になってるようだし、今後は遠慮なく来てくれ。初音さんも誘ってな」


「は、はい、是非、お伺いさせていただきます」


 ラザニアの皿を片付け、片手を上げて真之助さんがテーブルから離れていった。


 そういや、たまに来るだけのただの客ならば、白木さんのお母さんの名前など普通知らないよな。

 さっきは佳世の名前を話題に出されたのでうやむやになったけど。


「白木さんのお母さんって、真之助さんと知り合いなの?」


「あ、え、ええと、わたしも詳しく知らないんですが、ここのご夫婦は母の恩人らしいです」


「……そなの?」


「はい。母が離婚してこの街に引っ越してきたときに、お世話になったようで……」


「ふーん」


 真之助さんのおかげで、白木さんの表情から堅さが取れたようで一安心。

 しかし、世間は狭いね。そして、人に歴史あり、てとこか。


 …………


 まさか。

 白木さんのお母さんに真之助さんが手を出して、ウワキングな関係だったとかじゃあるまいな。

 真之助さんと友美恵さんはこの年でもラブラブだし、そうそうまわりでそんなことがあったとは思いたくないけど。

 いやでもさっきの浮気は男の甲斐性発言がとっても怪しく感じるし。白木さんの容姿からして、お母さんも間違いなく美人さんだろうし。


 …………


 やめた。

 邪推なんかで余計な体力をこれ以上使いたくないわ。必要なら友美恵さんに訊いてみよう。

 そんな決意の最中、楽〇カードマン並みのいきなりさで、店のドアが勢い良く開く。


「ただいまー!」


「奈保里! あれほど店の扉から入ってくるなと……」


「いいでしょ、混雑時なら遠慮してるじゃん……って、あれ? 祐介に白木?」


 ナポリたんの帰宅である。ガランドゥな店内なだけあって、俺たちにすぐ気づいたようだ。


「お、お邪魔してます、小松川さん」


「おかえりナポリたん。腹減ってたから白木さん誘ってお邪魔してた。ところで、今日の部活どしたの?」


「あー、今日はミーティングだけで終わり。まあ自主練してるやつはいたけど。ボクは昼も抜いたし、さっさと帰ってきた」


 説明しながら、ナポリたんは俺たちが座る座席まで近寄り、俺の隣に座ってきたと同時に情報提供を始めた。


「……ところでな。今日、おまえらに池谷と佳世から連絡なかったか?」


 真之助さんに聞こえないようなヒソヒソ声でナポリたんが質問してくる。


「……あったよ。なんでわかるの?」


 白木さんも頷いて同意。すると、やっぱり、という顔をしてナポリたんが理由を説明し始めた。


「実はな、今日ミーティングが終わった後、女子バスケ部員でコイバナらしきものをしていたんだが」


「ふむふむ」


「先輩が、二股かけててバレた時の修羅場をゲロって盛り上がってな」


先駆者フロンティアがいるのかよ!」


 女子バスケ部が腐ってるのはうちの高校だけだと信じたい。真面目にバスケのスキルアップに励むバスケ部員がかわいそうだ。高校時代に下半身のキャリアを積みすぎて、卒業したら性病感染者キャリアーってか。笑えねえ。


「まあそれで、『二股がバレないようにするには、ちゃんと二人を公平に扱うのがコツだよ』とか熱く語ってて、佳世は本気で聞き入ってた」


「……救いようねえな」


「ああ、佳世との付き合いは長いけど、ボクも呆れたよ。だから知らないふりして散々煽った。『でもそれって、バレてないと思ってるのは自分だけじゃないんですか? まわりから見たらバレバレだったなんてこともありますよ』とかな」


 ナポリたんGJグッジョブ。さすが優秀な斥候スカウト


「……で、佳世の反応はいかに?」


「ああ、なんか青ざめてたような気もする。顔色見てないけど」


「そこ肝心なとこじゃん!」


「まあまあ。で、そのあと佳世は自主練するかと思ってたんだよな。いつも池谷と同じように遅くまで練習やってるから。ところが、佳世は池谷と結構なあいだ話をした後、終わって即帰宅したんだ。何やらもめていたようだがな」


「……はい?」


「そして、なぜか池谷も、すぐ帰宅した。もちろん別々にだ。ふたりとも、帰った方向からして間違いなく自宅へと向かったと思う」


「……」


 おいおい。

 その行動は、佳世が二股バレしない対策を池谷に教え、それを二人して実行に移した、としか思えねえじゃねえか。バカの考え休むに似たり。斥候の存在にすら気づかないとは。


「佳世は必死にスマホを気にしていたみたいで、ああこれは……ってピンときてな。本当は夜にでもメッセージ送ろうかと思ったんだが、祐介がここにいたから尋ねてみた」


 俺はずっと黙っていた白木さんのほうを、思わず向いてしまった。ナポリたんの話を聞いて呆然としている様子が手に取れる。


 つまりだ。


「……バカにしてんのかあいつら! 俺たちゃキープ君かよ!!!」


 白木さんの気持ちを上乗せしてしまったせいか、思わず大きな声で叫んでしまう俺。


 指を唇に当てて、ナポリたんが諫めてくる。

 白木さんは俺の大声にビクッとしなかった。代わりに小刻みに震えているようで。


 ──あいつら、とことんクズだわ。

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