公園が聖帝十字陵と化しました

 カノジョってなんだろう、か。


 それは、自分自身に返ってくる言葉でもあった。

 佳世と俺はキスどまりだった。互いの親まで知っているゆえに手がなかなか出せなかった、てのもあるが。

 果たして佳世は、そう思っている俺のことを理解していたのか。

 ひょっとすると佳世は先に進みたかったのではないか。

 そして、佳世がもしそう思っているとしたら、俺はそれを理解しようとしていたか。

 こんなんで彼氏彼女なんていえるのか。


 そんなふうに思考を巡らせ自己嫌悪していると、白木さんがボソッと続きをつぶやいた。


「は、恥ずかしいじゃないですか……手なんか繋いで歩いてたら、絶対にご近所の皆さんに『あの二人はヤッてるわね』なんて思われちゃいます。末代までの恥です」


「自意識過剰にもほどがあると思いますがいかがでしょうか」


 返しは一言。さっきまでの深刻な脳内不安があっさり吹っ飛んだ。

 この理論で行くと、子供を連れて歩いてたらさらに恥ずかしいことになると思うのだがどうだろう。

 ひょっとして白木さんって潔癖症なのだろうか。そんなふうに思ったが、今この場でそのことを追及すると佳世を見失いそうだ。


「やばい、見失う前に追わないと。追いかけよう、白木さん」


「あ、は、はい」


 素人丸出しの尾行でバレなさそうな距離を保ちつつあとをつけていくと、裏手の団地わきにある公園で、池谷が待っていた。

 笑顔で近づく佳世。


 それを見た俺も白木さんも無言だった。いや、予想通りなのだが、二人とも嘘をついてまで会いたかったのか、なんて思ったりして。


 なんていうんだろう、うまく説明できないけど。

 浮気されたほうの幸せを吸い取って、浮気した者同士がより幸せを感じていることが、ものすごく理不尽に思えて仕方なかった。


 やがて、佳世と池谷はチューしやがった。それもクッソ熱いラブラブなチューだ。俺たちが見ているなどとはハナクソほどにも思わないくらい、ギューッと抱きしめあいながら。


 ぶん殴りたくなる怒りと自分が池谷より劣っているという屈辱が心の中でせめぎあった結果、二人から思わず目をそらして後ろを振り向くと、プルプル震えながら俺の制服の裾をつまんで下を向く白木さんが目に入る。よく見るとおっぱいも震えているが、驚くくらいそちらの方はどうでもよかった。


 ──お互い、つらいなあ。


 負の感情のカクテルでどうしようもない俺だったが、白木さんがそばにいることに救われたのかもしれない。

 思わず白木さんの頭をポンポンしてしまった。白木さんはそれに嫌悪感は表さなかったように思う。それとも必死に泣くのをこらえるのでおっぱ……いや、いっぱいいっぱいだったのだろうか。


 それからのことは、あまり覚えていない。

 気が付けば、佳世と池谷が立ち去った後の公園で、タマシイを飛ばしつつふたりでベンチに座ってた。


 佳世たちの後をつける気はなかった。そしてしばらく、お互いに無言だった。サカキオリジナルの存在からある程度予想はできても、現場を生で見るのは破壊力がギガトン級すぎてもうね。


 何を話せばいいのかわからないだけじゃなかった。頭の中の整理もつかない。

 好きだったはずの相手にお互い裏切られた者同士、傷の舐め合いもできるほど余裕などさらにあるわけがなく、そのまま燃え尽きていると。


「……彼女って、なんでしょうか」


 俺が先ほど疑問に思ったことを、白木さんが尋ねてきた。


 ああ、いくら俺でもここでジョークかませるほど図太くないし、空気も読めないわけじゃない。

 俺が答えられずに黙ったままでいると、白木さんは自分の考えを口にしてきた。


「彼氏彼女の関係。そこには、その人しか好きにならない、という覚悟を一緒に持たないとならないんじゃないですか?」


「……」


「せめて、せめて、他に好きな人ができたなら、ちゃんと別れてから新しく彼女を作るべきじゃないですか?」


「……」


「……そうじゃなければ、わたし、ただのみじめな女の子じゃないですかぁぁぁぁ……」


 自分で口に出した言葉が、白木さんの心の堤防を破壊してしまったらしい。

 それまで必死に我慢していたすすり泣きが、俺の耳に届いた。


 女の子って、ずるいよな。

 こうやって目の前で泣かれてしまうと、自分だって泣きたい心境なのに、そんなの後回しで何とかしなきゃならないと思ってしまうんだ。


「……そんなことない」


「ぐすっ、ひぐっ、慰めなんて、いらないですぅぅぅ……」


「慰めじゃないよ。白木さんは、本当に素敵な女の子だ。保証してもいい。それなのに、そんな白木さんが泣いているのに何もしてやれない俺は、本当にダメな男で……佳世に浮気されても仕方ないくらい、情けない男で……」


 ──あ、ダメだコレ。


 気が付けば俺も号泣。情けないくらい号泣。

 悲しくて、許せなくて、情けなくて、そしてやっぱり悲しくて。

 二人でただ泣いた。


 こんなに悲しいのなら、苦しいのなら、愛などいらぬ。


 とか真面目に思う瞬間が自分の人生で来るとは思わなかったわ。

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