カノジョだからやらせろとは言わないが
そして放課後の裏庭。
俺はとりあえず昼休みに座っていたベンチへと視線を向けたが、誰もいない。
佳世に声をかけてきたから少し遅れたかと思ったが。
仕方なく辺りを見回すと、ビクビクしながらそろーりそろーりと白木さんが反対側から歩いてきた。そうして裏庭の真ん中に立つ銀杏の木の前できょろきょろし始める。
「よっ」
俺は足音もたてずに近寄り、後ろから白木さんの肩をぽんと叩いた。
「ぴゃっ!?」
白木さんは軽く身をはねさせ、俺から少し距離を取ってから振り向いてきた。
驚いたにしては過剰な反応にも思える。
「……あ、緑川くん、でしたか……」
「わ、悪い。驚かせるつもりはなかったんだが」
少しほっとしたような白木さんである。
そういや、昼休みのおどおどした態度といい、話し方といい、ひょっとすると白木さんってコミュ障の類なのかな。
──いや、違うか。だってあれほど俺に対して好き放題言ってたもんな。
「ところで」
気を取り直して、昼休みの続きの話をする。
「あのあと佳世に探りを入れたんだが、今日は部活が休みだという情報は入手していたのに、『部活があるから』と、いっしょに帰宅することを拒まれたんだが……」
「……えっ。緑川くんも、ですか……?」
「も?」
「は、はい。わたしも、久しぶりに池谷くんに、一緒に帰りましょうとお願いしてみたんですが……」
「断られた、と。ひょっとして部活が忙しいって言ってた?」
「その通りです。怪しいです……」
俺も頷く。
うん、怪しい。援助交際している女子高生の言い訳レベルで怪しい。
まあ、あの二人が浮気しているとするなら、おそらく平日は部活が忙しくてなかなかイチャラブできる時間は長くとれないだろうから、部活が休みで時間に余裕がある今は当然──あれ?
「……佳世?」
裏庭の脇にある学校裏門。そこからひとりでひっそりと校外へ出ようとしている佳世が遠目に確認できた。もちろん佳世は俺が見ていることに気づいていない。
「あ、本当に吉岡さんです。裏門から……家がこっち方面なんでしょうか?」
「いや、まったくの逆方向だけど」
つぶやきを聞いて白木さんも気づき俺に質問してきたが、お隣さんである俺は佳世の家が逆方向だと知っている。
──これは。
「あとをつけるぞ!」
「きゃっ!」
俺は白木さんの手を反射的に掴み、裏門に向かって駆け出した。
佳世が気付かないように距離を置きつつ、白木さんと手をつないだまま裏門の陰から様子をうかがっていると。
「あ、あの、緑川くん……」
「しっ! なんだ、佳世のやつ……どこへ向かうつもりだ?」
「あ、あううぅぅ……」
佳世が人気のない方向へと進んでいく。きっと池谷とおちあうに違いない──嫉妬心のせいか、思わず手に力が入る。
ぎゅっ。
「い、いた……い、です、緑川くん……」
「……ん?」
白木さんの訴えで、俺は白木さんの手を握りしめたままだったことに気が付いた。
「あ、ごめん!」
慌てて手を離す。白木さんの手は小さくて、指は細かった。
「もう、緑川くんって強引すぎます、わたし、初めてなのに……」
握られた手をもう片方の手で押さえながらぶつぶつと不満そうな白木さん、いや赤木さんに戸惑いしかない。
「え、えーと、あのさ、なんでそんなにいやらしい言い方してんの?」
「男の子と手をつないで一緒に歩いたことが初めてなんです」
「……ちょっと何言ってるのかわからない」
どゆこと?
一瞬フリーズしかけたが、赤木さんに変化したままの様子からして嘘ではなさそうである。
キスとかセッ……とかはしていないと自己申告はあったけど、まさか……
「つかぬことを訊くけど、白木さんって」
「……はい」
「池谷と、セッセッセすらしたことないの?」
「うううぅぅ……」
「……マジかー……」
「ス、スキンシップとかは大の苦手でして……」
「あーそーね、セッセッセもスキンシップだよねー。でも池谷からセッセッセに誘われたことはなかったの?」
「て、手をつないで歩きたいとは言われましたが、恥ずかしくて『占いが大凶だった』とか『今日は生理だから』とか理由をつけてお断りしてました」
「自分の生理周期をカミングアウトする方が恥ずかしくないかなぁー?」
白木さんの言い訳らしからぬ言い訳を聞いて、カノジョってなんだろうな、なんてことを一瞬だけ悩んだ。
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