俺、彼氏だよな?

 俺は午後の授業を受けながら、いろいろと考える。


 腹立たしいことこの上ないが、いやたしかに池谷は俺よりイケメンだしスポーツも万能だしバスケ部の次期エースなんて言われてるくらいだしおまけに家は金持ちだし、俺が勝てる要素なんて皆無なわけだけど。

 それでも俺と佳世が今まで一緒に過ごしてきた時間というものをこうもあっさり否定されてしまうと、怒りと同じくらいショックでもある。


 幼なじみなんて、その程度の価値しかないのかな。


 煮え切らない思いは、このままではケリがつかない。今日は顧問が私用で早退したらしく、バスケ部は休みという事前情報を得ている。とりあえず放課後になったら佳世に話しかけてみよう。

 そう決意を固めた俺は、今日の授業が終わってすぐに、佳世のクラスへと向かった。廊下を早足で進む途中にちょうど佳世が教室から出てきたので、精いっぱい表情を作って彼氏らしく話しかけることにする。


「佳世。よければ今日は一緒に帰らないか? 久しぶりに」


 今日の放課後、白木さんと約束をしていたのに、俺はなぜこんな誘いを持ち掛けたのだろうか。

 まあいいや。もし一緒に帰れたら白木さんにはメッセージを送れば済むことだ。十中八九、その心配はないだろうが。


 俺、彼氏だよな。なんでこんな心境にならなきゃならないのかな。

 そう思っても、平静を保つふりをする。必死だ。


 俺の予期せぬ訪問に戸惑いを隠せない佳世は、目を泳がせながら案の定こう返してくる。


「……ごめんね。今日も部活なんだ。練習試合が近いから頑張らないと」


 ああ、やっぱり。わかっちゃいたけど、ショックは隠せない。

 そんな言い訳、当然ながら嘘である。それでもやましいところがないなら、俺の目を見て断れるはずだ。自覚はあるのだろう。


 廊下の空気が冷たい。佳世に背を向けて形だけでも取り繕わないと、俺はリアルに吐きそうだ。


「……わかった。悪かったな」


「ううん、こっちこそ、ごめん」


「気にしなくていいよ。部活優先なのは仕方ない。でもな……」


「……どうしたの?」


「俺は、佳世のことが好きだよ。そのことだけは忘れないでほしい」


「……」


 わたしも、という言葉はなかった。心が重傷を負う。

 佳世はただただ申し訳なさそうに顔を下げ、どうフォローすればいいのかひたすら考えているように見える。


 ──バカじゃねえの。そんなに池谷がいいんなら、もう俺とは別れろよ。幼なじみでご近所さんだからって気にする必要はないぞ。


 ヤケクソ一歩手前でそう言いかけてやめた。代わりにあきらめるようなセリフしか出なかった。


「すまなかった。もう、誘わないな」


「あっ……」


 吐き捨てるような口調になってしまうのは仕方ないだろう。佳世は気遣うような言葉も発さず、それでいて何かを伝えなければならない様子を見せたが、俺はそれを全身でお断りした。


 ああ、視界がぼやける。どうしようもなく。


 ──この気持ちをわかってくれる相手に、会いに行くしかないか。

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