胸なんてただの飾りです

 白木さんは、年季の入ったベンチに座っている俺の隣に腰をおろした。


「あ、ちょっと、待った」


「……どうか、しましたか?」


「いや、白木さんが座っているそこ、鳥の糞が落ちてるんだけど」


「きゃっ!!!」


「おわっ」


 今までが『おどおど』という表現で全人類に通用するような話し方をしていた白木さんだが、初めて大きな声をあげたところを目撃したので、思わずビビッた。


「大きな声も出せるんじゃんか、白木さん。いやびっくり」


「そ、そういうことは、座る前に言ってもらえませんか……?」


「お、おう……すまない」


 三点リーダと読点の多い会話しかできないと思っていた。猫かぶってんじゃないの、この子。


「まったく……無駄にカロリーを消費するじゃないですか。お昼食べられなさそうですし、省エネしないとならないっていうのに……」


「え、そこなの?」


「あ、当たり前です。お昼のカロリーよりも、大事な話なんですから……」


 いや確かに大事な話だ、同意。俺なんか、カラオケショックで食欲まったくないし。

 でも白木さんは、言葉のニュアンス的に「食欲はあるけど、それよりも大事な話がある」ようだなあ。俺より図太いのかもしれない。


 カラオケショックのことを伝えたら、どのくらい食欲が失せるか興味深いところであるが。まずは話を聞いてみよう。


「……それはそれとしてですね。実は、この前の日曜日に……」


「うん」


「い、池谷君のことを、おはようからおやすみまで、少し離れたところから見つめていたんです……」


「もっと至近距離で見つめろよ仮にも彼女だろ!?」


 暮らしを見つめるストーカーがここにいた。即座に突っ込んだ俺エライ。


「そ、そうしたいのはやまやまだったんですが、デートに誘ったら用事があるって断られてしまいまして……」


「ああそう。それで?」


「は、はい。そうしたら、午後一時四十二分に自宅を出て、午後一時五十七分にドラッグストアに到着しました」


「ふむふむ」


「そこで十一分ほどスキンコーナーで品定めをしてまして、サカキオリジナルという熱伝導性に優れて違和感もにおいも少ない、ラテックスアレルギーの方でも使用できるポリウレタン製のスキンを」


「そこ必要な説明部分?」


「あ、い、いえ、家に帰ってからウィキペドフィリアで調べて得た知識なので、誰かに自慢気に披露したくなっただけでして」


「なんだこいつ」


 この子からこいつにランクダウンした。白木さん、見た目はわりとかわいいのに中身残念過ぎないか。いろいろとおかしいよ、あえて指摘しないけど。


 …………


 いや待てよく考えろ、大事なところはそこじゃない。


「……って、スキン? なになに、白木さんって池谷とそれが必要な関係なの?」


「……はい?」


「だから、白木さんは池谷とセック」


「桃の節句は祝いましたし、端午の節句は一緒じゃありませんでした」


「いや節句じゃなくてセッ」


「せっせーのよいよいよい」


「明らかにごまかしてるな。察したけど」


「あ、当たり前です! キスとかセッ……とか、そ、そ、そういうことは結婚前提でするものでしょう……」


「あっ……そう」


 白木さんが赤木さんになった。そして俺は白川へと変化した。いや、青川でも正解か。

 つまりスキンそれは白木さん相手に使うものでないことが明らかになった。さらに、今の時代にそんなアナクロな考えを持っている女子がいるとはカルチャーショックである。たわわに実る美味しそうな果実が持ち腐れだわ。


 ──などと思ったせいで、視線が自然に白木さんのおっぱいをロックオン。

 いや、でっかいですよ、でっかい。多分校内一だ。佳世の推定Dカップもかなりのものだけど、それより一、二サイズくらい上だと思う。俺調べで。


「……どこ見てるんですか?」


「おっと、失礼。女子が胸に行く視線に敏感だというのは事実なんだな」


「ガン見されてわからないわけないじゃないですかぁ……不埒」


「どっかの女教師みたいな言い方しないでくれない? しかたない、オトコノコだもの。おっぱいにひざまずかない男子はいない」


「わたしはただの遺伝子ですか……子どもを産む機械じゃないんですよ。こんなのタダの飾りです。おまけに肩こりますし」


「ずいぶん話が飛んだな。今は亡き石〇電気並みにでっかいのにもったいない」


「あ、あの、それ伏せ字になってないですからね……?」


 ノリいいな。やっぱ変だわ白木さん。おっぱいをガン見しただけでなんで会話が成立するんだ。しかもただの飾りとか言っちゃってまあ。ナイチチ同盟から暗殺指令が出ても知らんぞ。

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