第3話

俺は夢から覚めた。そしてあのおかしなおじさんの言っていたことは本当に事実だったのだと悟った。俺は恐ろしくて堪らなかった。冷や汗が止まらなかった。口は乾き、頭は殴られたように痛かった。今だって不安でいてもたってもいられないような心地だ。


本当にどうしてこんなことになってしまったのだろう?全ては俺の思い過ごしなのか?ただの不思議な夢の中での話だったのだろうか?しかし、今朝から俺の心を支配しているこの言い知れない不安と恐怖は思い過ごしなんてものじゃない。

これはこの先ずっと続くのか。いつかは終わってくれるだろうか。もし、そうではないとしたら、もう俺に普通の生活は送れないだろう。

窓の外を流れていく色とりどりの屋根がにじんではもう見えない方へと消えていった。



授業は集中を欠いた。先生に「いつもの朝日らしくもない」と気にかけられるほどだった。休み時間も、いつもなら友達と他愛のない話で盛り上がるのだが、当然そんな気分になれるわけもなく、鬱々とした時間を一人で過ごしていた。



「なんか今日は珍しく冴えねーな、お前。」

「え?」

昼休み、屋上で昼飯を食べていると常臣が突然言った。

俺はギクリとする。今日の屋上は俺と常臣の二人だけだ。

「いや、元気ないなーって。ぼーっとしてるし。話聞いてねーし。」

常臣はタッパーにぎっしりと詰まったチャーハンを休むことなく口に運んでいる。口を開くたびに、頬張ったチャーハンが口のはしからこぼれ出そうだった。

「ああ・・・ごめん・・・。」

常臣は俺をちらりと見て顔をしかめた。

「謝んなよ。気持ち悪りぃ。」

「あぁ、ごめん・・・。」

常臣は、はぁー、と大きくため息をついて、残り少ないチャーハンを豪快にかっこみ始めた。


いっそ、話してしまおうか。昨日の夢のこと、そして今朝のことを。このままずっと上の空では常臣にも迷惑だろう。

社交的とは言えない俺にとって、常臣は数少ない友人で、その中でも一番に心を許している存在だった。客観的に考えれば馬鹿げた話だろう。だが、誰かに話してしまえば、一度この口から吐き出してしまえば、この重い鉛を飲み込んだような不安も少しは軽くなるんじゃないだろうか。俺はそんなことを期待したのだ。


「あのさ、ちょっと・・・笑わないで聞いて欲しいんだけど・・・。」


常臣はチャーハンをかき込む手を止めた。少し驚いたような顔をしていた。



俺が話している間、常臣は時折残りのチャーハンを食べたりパックのジュースをチビチビ飲みながら、ただ静かに聞いていた。

俺が話し終えると、うーん、と唸って、少し考えてから言った。


「お前それはさ、異能力ってやつなんじゃねーの。」

「は?何?」

「ほらよくあんだろ。超能力的なやつで強大な敵と戦う?みたいなやつ。」

常臣は空に向かってパンチのジェスチャーをした。

「何だよそれ。敵なんてどこにもいねーよ。・・・なぁ、真面目に・・・。」

「ああー、でもお前のじゃ主人公には向いてねーよな。しょぼいし。多重人格キャラとか敵側によくいるやつだよな。」

俺は言葉が出てこなかった。悲しいような怒ったような気持ちだった。常臣に話したのは間違いだったのかもしれない。


「朝日ってさぁ、ラノベよく読んでたろ。」

「え?」

「ほら、あの、異世界なんちゃらってやつとかさ、好きじゃん?それでそんなになっちゃったとかない?」

「…別にそこまで好きじゃないし。普通に読むだけだけど。」

あぁ、そう、と言って常臣は黙った。


「なあ、もういいよこの話は。何も聞かなかったことに…。」

「なあ朝日。」

常臣は割と真面目な声で言った。

「まぁ、その、なんて言うかさあ。うーん、俺にはよく分かんねーけど、なっちゃったもんはしょうがねぇよ、多分。がんばるしかねーじゃん。そうだろ?俺には何にもできねーしさ。」

「そんなことは…分かってるけど…。」

「お前ももっとポジティブになれよ!異能力!!とかカッケーじゃん!いいじゃねーか。羨ましいよ。」

「は?羨ましい?」

「俺はさぁ、こう、風使いみたいなのになりたいなー。なあ、異能力交換とかできねーの?」

気づくと指先が震えていた。常臣が何を言っているのか、何も聞こえなくなった。

ああ、やっぱりこいつに話したのは間違いだった。だってこいつは、どこまでも…。



その時、ちょうどチャイムが鳴った。


「あれ?もう終わりかぁ。なんか早かったな。」

俺は無視して立ち上がって、さっさと屋上から出ていこうとした。

「あ、おい、ちょっと待ってよ。」

慌ただしく弁当をしまう常臣を置いて、俺は屋上を後にした。


早足で廊下を歩きながらずっと考えたいた。

結局俺はさらに孤独感をつのらせてしまった訳だ。無駄でしかなかった。あの時間の全てが。

最終的には、俺を理解してくれるのは俺しかいないんだ。


俺の心の中は激しい怒りと失望で溢れていた。それなのに、なぜこんなにも泣きそうなのか、俺にもよく分からなかった。

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