東都大学理学部三号館
大学、か。二年くらい前までは俺もあの中にいた、んだよなあ……。なんだか大学構内では道行く学生全員がキラキラして見えるんだけど、それは気のせいか?
「今野さん、こちらですよ」海藤が俺を呼ぶ。律儀にもドアを開けていてくれたらしい。
「ありがとう」
「……」しかし、どこか義務的だ。やはりこれは報酬の貰える取材活動、つまりは仕事の一環だと思っているのだろう。まあ、仕事なのだが。エレベーターの中で彼女は
「研究室に着いたら父がいますので」とだけ発し、あとは一言もしゃべらなかった。三階に着くとすぐに海藤研究室はあった。
「お父さん、バズウェーブの今野さん、いらっしゃいました」海藤が声をかける。
「ああ、はい」パソコンから顔を上げた男は、低く、それでいて落ち着くような甘い声を出す。
「ああ、これはこれは」
「海藤さん……」
やはり、部屋の奥には居酒屋で出会った男がいた。
「今野です。海藤さん、まさかバズの研究をしていたとはね……」
「海藤猛です。今野さんも、バズウェーブにいらしたんですね。これはこれは。まあ何かの縁だ。ありさ、お茶を出してくれないか」ありさと呼ばれた女は、無言でポットのお湯を沸かした。
甘い、けど渋い。声。相変わらず優しそうな瞳。俺は内心彼に再び会えて複雑だった。嬉しさと恥ずかしさが入り混じったような不思議な気分になったが、俺はあえてそれを隠した。
「どうぞ」ありさがお茶を置く。
「ありがとう。ありさは席を外していておくれ。いつもの場所にいるといい」海藤教授は娘に上品に接した。
「それで、ありさからはどんなことを聞いています?」
「共同で研究し、あるつぶやきアカウントのAIを作ってバズを起こしているところまでは聞きました」
「なるほど、ほぼそうだ。よくありさの話を聞けたな。あいつは集中しているときとお腹がすいているとき、まあ大抵はそのどちらかなのだが……は滅多にしゃべらないから、困っだだろう?」
「いえ、さほど……」パンケーキを三枚も食べられたのは、そのためだったのか。
「さて、今野さん、あなたに記事を書いてもらうにあたり、一つ訂正してもらわなければならないことがある。貴方が先ほど言ったことだ。『私はバズの研究をしている』と言ったっけね」
「え、ええ」俺はたじろいだ。
「違うんですか?」
「最近はその分野で色々聞かれることもあるが、情報科学は私の生業ではない。そのことはむしろ娘のありさに聞くと良い。私の生業はあくまで生命科学、生物学なのだ」
「そうだったんですね。でもなぜ、バズを起こすAIの開発を?」
「私自身、それは全く予期せぬことだった」海藤教授はそう言って目を細めた。
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