呟き廃人
俺は次の日、早速二軒のアポイントメント先に出向いた。そのうち一軒は、先日上司の熊さんから教えられた「100%のバズ女」だった。彼女とDMを行い、奇跡的に昼の間だけ会うことができたのだ。俺は早速指定された定食屋に向かう。確か整体院の隣だから、ここで間違いないはずだ。
きっかり30分前に指定された席に座る。俺はお茶を頼み、しばらく「つぶやいったー」を見て時間をつぶしていた。何度も確認したが、改めて見ると、「須藤@100%のバズ女」さんは、一時間半おきにつぶやくことが多い。
とすると、彼女は……学生か?
「今野さん……ですか?」
ビンゴ。
めっちゃくちゃに可愛い女の子が、俺の前に立っていた。いや、冗談抜きでマジでかわいい。華奢な体にくりっとした目に、小さな顔。アイドルであってもなんらおかしくない。
「もしかして……須藤さん、ですか?」
「あー、ほら、今野さんだってよ」彼女は吐き捨てるように言った。
すると後ろから、Tシャツにジーンズの筋肉ムキムキの男が現れた。
……ん?
「ほら、挨拶しなよ、クズ」高いかわいい声のまま、彼女は後ろの男に指図した。
……ん?
「初めまして……須藤です……」
大柄の筋肉男は、体格に似合わず消え入るような声を出した。腹から声を出せ。一発腹にパンチでもお見舞いしようかと思ったが、聞きたいことがあり過ぎて脳が追い付かない。
「いや、そっち?????!!!!!!!!」
「あー、ごめんなさい。私はこのクズの付き添いなんです。あずきって呼んでよ。ってか今野さん、何かスポーツとかやっていましたあ?上腕筋見てもいいですか?」女がけらけらと言う。良い訳あるか。取材だぞこれ。
「今日は須藤さんのつぶやきに関して伺いたくてですね」俺は冷静を装う。
「ああ私のアカウント、ですね」と筋肉質の男が小さく言い、そのまま体を震わせた。
「正直に言います」彼は途端に緊張した面持ちになった。
「はい……」俺も唾をのむ。
「実はあのアカウントは、マーケティングを勉強した成果なのです」
「マーケティング?」
「ええ。一年ほど前に『バズる文章教室講座』と題したセミナーや本を片っ端から読んで自薦した結果なのです。と言うのも、私には悲願がありまして」
「あー聞かなくていいですよ、今野さん」あずきさんが突っ込む。
「悲願、とは?」俺はあずきさんを無視する。
「この世の女性が……」
「この世の女性が?」
「全員ストッキングを履いてくれることです」
マ ジ で 殴 ろ う か と 思 っ た。
「というと?」俺は精いっぱいの理性を振り絞って聞いた。
「掘り下げなくていいよ、今野さん」あずきさんの声を華麗に無視して須藤さんは続けた。
「俺はもっと世の中にストッキングの良さが広まればいいと思っていて……でも今、法律が変わってしまって、スーツやパンプスを強制できなくなったでしょう。最近異常気象ですし、ストッキング人口は減るばかりなんですよ。それで俺、思ったんです。バズったら、ストッキングを宣伝できる、って」
どんな理由だ。あずきさんの言う通り、こいつに話を聞くだけ無駄な気がしてきた。
「はあ」
「ほら飽きてるじゃん」あずきさんも携帯を弄り始める。彼女は慣れた手つきで某有名イラスト投稿アプリを開き、即座にトレンドを確認し、すばやい動作で投稿作品に「いいね」をつけていた。
「でも、よく考えたらすごいことじゃないですか。動機は変わっているかもしれませんが、マーケティング勉強して成功したってことでしょう?俺なんか本職がウェブライターなのに、実際プチバズくらいしか起こせないっすよ」
「まあ投稿して自動的に流れてくるような『呟いったー』と、一度タップが必要なブログではフックと引きが重要でしょうね」
俺は須藤さんにいきなりガチのマーケ論を展開されて少しビビった。さっきからテンションの寒暖差が激しすぎるが、やはりバズに関しては彼は何枚も上手なのだ。
「フックと引き、ですかね?なるほど」俺は完全にわかったふりをした。
「つぶやいったーでは字数制限がありますから、そこで結論をなるべく落とさなくてはならないんです。もちろん制限以上に長く語ることもできなくもないですがね。あとはタイミングがかなり重要ですね。他の誰もが呟いてない事象にいち早く気づかないとレア度が下がるのでバずりません。一方、ブログの場合は企画自体に魅力があれば多少タイトルでついてくる人もいますし、呟いったーよりもヘッダー画像が重要に……」
俺は須藤さんのいうことを慌ててメモした。
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