(四)霧②
都合の悪い質問に、ややばつが悪そうに視線を外したウォルスターは苦笑いを浮かべる。
「ああ……、いやそういう話ではない。そもそも私も兄上の時と同じように、見繕われた候補者から選ぶことになるのだろう? まあ……裏に策があるかはともかく、現状も正しく把握できず妄想を口にするような者を妃に迎える気はないが……」
論点を誤魔化しつつ、アストネアを揶揄するような言葉を交えたウォルスターの答え。幼いころからの近しい存在とはいえ、そこは許せるところではないのだろう。
王子の思わぬ反応に思わず笑いそうになったメッサーハイト公爵だったが、切り替えるように小さく咳払いをすると、一瞬間をおいてから再び口を開いた。
「……残念ながらそればかりは何とも申し上げられません。もし国民の支持を集め、彼女を推す声が強まれば無視できなくなるもの事実にございます」
「厄介な存在になりつつあるということだな……。それだけでなく、彼女を推す教会側にも何か他の思惑もありそうで気味が悪いな」
嫌そうに眉間にしわを寄せたウォルスターは、それを隠すように目元を手で覆った。
「教会の総意なのかというのは置くとして、大司教のマリザラングが噛んでいるのは間違いありません。あの男もただの権力欲のある愚物という訳でもないという事ですかな」
苦々しく吐き捨てるように言うと、メッサーハイト公爵は机の上で拳を握りしめた。
彼自身に思うところが有るのだろうと察したウォルスターは、周囲の者達の様子を伺うように視線を配ったあと、再び公爵へと戻す。
「……ふむ。ジェストファー侯爵の娘はともかく、大司教の方は危険な臭いがするな。そのまま放置しておく訳にもいかないだろうから、もう少しあの男の身辺調査に力を入れるようにしてくれ。ああ、その辺の話は私から陛下には伝えておこう」
教会は王国内での活動が行いやすいよう少なからず権限を与えられている。やり方によっては王家に準ずる力をつける事も可能になるだけに、暴走しかけた状況を放置する訳にはいかない。
同席した大臣たちも皆、ウォルスターの意見に同意するようにうなずく。
「はい。調査の件、確かに承りました」
メッサーハイト公爵は理解を示してくれた王子へと、
こうした先の見えない状況に誰もが苛立ちを募らせる中、この翌日にヴァストール王国は正式にレンドバール王国への支援派兵を行うことを決定した。
会議の当初、レンドバールへの支援派兵に反対する意見として、帝国はヴァストールに対し戦争を仕掛ける気は無いのではないか、という楽観論が有った。
ヴァストールが帝国の標的とならない、という主張の裏付けとして次の二点があげられた。
まずは、過去幾度か発生した帝国との国境付近での小競り合いは、全て痛み分けに終わっていることから、帝国はヴァストールを敬遠しているのではないか、というもの。その証拠に昨年の帝国兵侵入事件の際にも、帝国はヴァストールへ軍を動かすことは無かった、と理由づけた。
次に、レンドバール、ゼストアが侵攻してた際にも、帝国は絶好の機会でありながらも動くことは無かった、というものだった。
故に、ここでレンドバールに手を貸すというのは、帝国に攻める理由を作らせるだけだ、というのである。
だが、それらの意見はすぐに否定された。
昨年を除けば、全て現皇帝リシャルドが戴冠する前、つまり穏健派だった前皇帝の時代の話である。また昨年は現皇帝になっていたとはいえ、丁度西部戦線に注力していた時期と被るので余計な兵力分散を避けたからに違いないのだと。
現皇帝は他国を侵略することに躊躇する様子はない。動き出したらその魔手を止めることは無いだろう。そうなれば「レンドバールがもし侵攻されるとすれば、次はヴァストールである」と言われれば否定できるだけの理由も根拠もない。
攻められる可能性があるのなら、後手に回らないようにすべきという判断がなされた結果である。
また、会議自体には「レンドバールと協力して帝国を迎え撃つべし」という意見が多かったものの、レンドバール自体が二度も剣を交えた相手だけに、いつ裏切られるか信用ならないという声も少なからず有った。
だが、それをウォルスターが次のような言葉で打ち消してみせた。
「味方が多いうちに手を組んで対処するのが良策ではないのか。それに両国の王太子同士が義兄弟となるのだから、国際的な体面を取り繕う目的ではなく友誼のために派兵するのは当然のこと。加えてリファール殿下は信用に足る人物だと思っている。仮に国内で帝国側につこうとする動きが有っても、何とかしてくれるはずだ」
第二王子の力強い言葉に、レンドバールとの共闘に反対していた者達も沈黙するしかなかった。
日頃「真面目な王太子の陰に隠れた気楽な立場の凡庸な王子」と揶揄されることもあるウォルスター。この時彼が見せた意外な一面は、その噂を鵜呑みにしていた出席達を少なからず驚かせたに違いない。
決定内容自体は大方の予想通りだったとはいえ、事前の対応だけでも忙しかった軍務省は、更に急ぎ派兵に関する準備を整える必要に迫られることとなった。
派兵される騎士団は昨年の戦にいずれも参戦しておらず損害の無い第九、第十が妥当であると判断され、関係部署に即日伝達された。
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