第五十章 それは何色か

(一)裏側にあるもの①

(一)


 王太子の婚約披露の宴で起きた前代未聞の爆発事件。

 負傷者は別室で魔法による治癒で対応できたものの、彼らの破れたり血が付着した衣装は戻すことは出来ず、散乱した事故現場もそのままに宴は予定を大幅に切り上げて終了することとなった。

 幸いにも他国の招待客に負傷者は出なかったものの、重軽傷者合わせて二十四名を出すという国家行事として汚点を残す結果になってしまった。しかも、婚約者補という宴の重要人物を狙ったものとあって、祝いの宴であるはずのこの日の印象は、多くの人々にとって負のものとなったに違いない。

 そしてこの出来事を、王国の未来を暗示するものだと受け取る者も少なくなかったのである。


 事件直後、ベイファー伯爵家の長女サリエラは爆発物による無差別殺人未遂事件の主犯として厳しい取り調べを受ける事となったのだが……。

 彼女は事件後も激しく動揺していたが、取り調べに対し泣きながら「爆発物は見知らぬ紳士から受け取った」と供述したのである。

 彼女が言うには他家の令嬢達と共に、第二王子と公爵家の長男と親しげに話す娘に嫉妬するような会話をしていたところ、見知らぬ男が静かに寄ってきて耳元でこう囁いたという。


「この小さな容器の中には香水のような液体が入っている。液体は揮発性の薬品で、肌に触れれば赤く腫れて痒みを引き起こすという効果が有る。蓋を回してから相手に投げつけるといい。そうすれば、その相手は恥をかいて会場から出て行かざるを得なくなる。腫れも痒みも二、三日で治まるので、大きな問題にはなる心配もない」


 男の顔は良く覚えておらず、容器を手渡すとすぐに居なくなったので、誰だったのかも分からない。言われた通り嫌がらせ程度のつもりで投げただけで、爆発物だとは知らなかった。自分は騙されただけだ、とサリエラは涙ながらに訴えた。


 事件後の調査でもサリエラや令嬢達の証言を裏付けるように、彼女らが自分たちで爆発物を入手したという証拠は出てこなかった。だが、王族の婚約披露という場において他家の当主に危害を加えようとしたこと、それが王太子の婚約者補のひとりであったことは事実である。

 加えて巻き込まれた負傷者からの怒りの声もあり、事件から三日後にサリエラ・ベイファーに対し、五年間の禁錮刑と刑期後の生涯を修道院で過ごす旨の判決が下されることとなった。


 そしてその二日後、サリエラと一緒に居た令嬢のひとりが思い出したように「男の首筋に小さな痣のようなものが有った。茶色い髪だったと思う」と証言したことで、事件の解決へと歯車が動き出すことになる。



 話は事件直後に戻る。

 救護院による治癒のために、ウォルスターに付き添われ治療専用に急遽設けられた部屋に連れてこられたラーソルバール。軽傷だからと手当てを最後にしてもらったまでは良かったのだが……。

 一緒にやってきたウォルスターは不機嫌そうな顔を隠そうともせず、じっと傷を見て来るので、ラーソルバールはどう反応して良いやら悩んでいた。

「殿下、私が不注意でした。ご心配をおかけし、誠に申し訳ありませんでした」

 と謝ったものの「いや、怒っているのは私自身に対してだ」と返されてしまい、ラーソルバールとしては、もはや苦笑いするしかなかった。


 そんな待ち時間は長く感じたものの、いざ自分の番となると早いもの。軽傷だった為か、ラーソルバールの処置は短時間で終わった。

「はい、これで治癒は完了です。幸いにもお顔の傷は浅かったので、痕は残っておりません。腕の方は若干深めの傷でしたが、数日で分からなくなると思います。この後すぐ普段通りに過ごして頂いて構いませんよ」

 ラーソルバールの治癒を担当した女性は、安心させるように笑顔を向けた。

「ふうっ……」

 処置を受けた本人よりも先に、隣のウォルスターから安堵の吐息が漏れた。

「殿下、付き添いは有り難いのですが、私に関わりすぎると良くない噂を立てられかねませんよ」

 ラーソルバールの言葉に治癒を担当していた女性が思わず苦笑いを漏らした。

 この言葉には、付き添いは半ば強引についてきた王子ではなく、できれば父かシェラが良かったという嫌味も含まれている。

「ん? 良くない噂……か。私が兄上の婚約者の補欠を狙っているとか、最近黒い噂の流れる聖女様に籠絡されたとか、そんなところか?」

「……私は籠絡するつもりはありませんが、人はそういう噂を好みますから」

 ラーソルバールは手渡された手巾で頬と腕の血を拭うと、治癒に感謝の意を示すように向かいに座る女性に頭を下げた。

「いや、そもそも今日、そなたは私の相棒なのだから、無関係のものに何と言われるかなど気にする必要もないだろう。それとも私が邪魔なのか?」

「……気が抜けないので、邪魔で御座います。……と、申し上げたら解放して下さるのですか?」

「ふむ。実に不敬……、不敬罪である。罰として、私の付き添いを命ずる」

「殿下の付き添いは罰なのですか?」

 傍らでやり取りを聞いていた救護院の人々から小さな笑いが漏れた。

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