(四)火種③

 軍事費負担の通達書は、当然ミルエルシ家にも届けられた。

「まあ、妥当な話だよね……」

 書面を読み終えたラーソルバールは、ひとり言のように呟いた。


 ヴァストールは他国に比べ、人口に比して騎士を含めた兵士の割合は低い。

 人口が増えたにも関わらず、改正を行わず過去の数字を維持してきたからである。それは経済や産業を優先させてきたからではあったが、強力な騎士団を抱えているという強みが有ったから出来たことである。

 現在の人口であれば、既存の数に倍する程度まで引き上げても問題は無い。ただ、突然の事だけに大きな予算が必要になってくる。そこで、兵の拡充については継続雇用と臨時雇用との併用計画で、傭兵との契約も有り得ると記載されいていた。


 状況を考えれば兵力の増強は当然だと言えるが、問題はそこにかかる費用だ。

「昨年の領地租税額に応じた徴兵費用及び維持費の負担……ね」

「いかほどですか?」

 つぶやきが聞こえたのか、お茶を運んできたエレノールが尋ねた。帳簿にも目を通す立場であるため、気になったのだろう。

「うちは復興のために特別減税かけてもらってるから何とも言えないけど、少なくとも金貨にして五百枚は持って行かれるんじゃないかな? 正確な金額はあとで通達があると書いてある……。」

「結構な金額ですね……」

 ティーカップを静かに机の上に置くと、エレノールはそう言って小さくため息をついた。

「うん……。予定税収から算出した金額だけど、穀物が不作だった時用に貯蓄しようと思ってた分の大半が持っていかれそう……。新たな雇用が生まれるという考え方も出来るけど、生産性がある訳じゃないから彼らから徴税出来ないし……。嫌がるところは多いだろうね」

 無論、これは初期費用であって、また別に継続的な支出が有るというのも予想できる。

「お嬢様は帝国の侵攻は有るとお考えですか?」

「有ると思うよ……。現皇帝に代わってから今まで干渉が無かったがのが不思議なくらい。その分、他国が侵攻を受けてたんだけど……。だから、この兵力増強という考えが間違えているとは思わないんだけどね」

 本来であれば、目標水準を段階的に引き上げるところだろうが、いつ何があるか分からない状況だけに、そうも言っていられない。

「借金はしないで済みそうだから、とりあえずはいいけど……」

 ラーソルバールはティーカップを手に取ると、大きなため息をついた。


 領主としての悩みも有ったのだが、一方で誕生会の夜にエラゼルから聞いた話がずっと頭に引っかかっていた。それは今回のレンドバール王国との戦いにおいて捕縛された、ヴァストールの旧貴族達の話である。

 エラゼルが確認したところ、今回の捕縛者の中にもフォンドラークの名は無かったという事だったが、旧貴族らを尋問した際、彼らは同様に逃亡した者達の名を口にしたというのである。

 その中でフォンドラーク家の名が挙がったらしいのだが、レンドバールで別れて以後の彼らの消息は分からないという事だったらしい。

 カレルロッサ動乱以降、ラーソルバールとしてはアルディスやエフィアナの行方がずっと気になっていた。だが、彼らは謀反人である。爵位を持つ立場上、公に調査することもできず、かといって諜報部隊を雇う程の余裕も無い。下手に情報屋などを頼っては露見する可能性もあるため、彼らの行方についての情報を得ることもできずに、もどかしい日々を送ってきたのである。

 それだけに多少なりとも動乱後の足取りを掴めたのは、幸運だったと言えるのかもしれない。


 幼馴染だという個人的感情を抜きにしたとしても、図らずも反乱に手を貸さざるを得なかったアルディスやエフィアナがヴァストールを恨んでいたとは思えない。そうでだとすれば当然、今回の戦争に加担する必要は無く、そのままレンドバール国内に潜んでいるという選択をしたに違いない。

 だが、リファールが王太子となり国の方針が親ヴァストールへ転換した場合、事情が変わってくる。ヴァストールが旧貴族の身柄引き渡しを要求し、レンドバール国内で捜索と摘発が行われる可能性もある。

 その時、彼らはどうするか。

 以前とは全く違う立場になってしまった自身と幼馴染達。これから先、互いの道はもう交わることはないのだろうか。同じ空の下、彼らはいま何を思うのか。

 あの時、去っていく彼らに何も出来なかった自分が悔しくてたまらなかった。自分は何もできない存在なのだと、何度泣いたか分からない。

 今回の戦いで失った勲章仲間のパッセボードが戦死したと聞いた時も、自身の無力さを思い知ったし、もっと何か出来たのではないかという後悔が募った。

 だから自身は聖女だの英雄だのと称えられるような存在ではないのだと分かっているし、その名の持つ責任の重さに押し潰されそうにもなる。


 涙を堪えティーカップに口をつけると、いつもと同じはずの茶の味が何故かとても苦く感じられた。

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