(三)陽は沈む③

 ラーソルバールが抜けた空間を補うように、それぞれが間を詰めるように僅かに動く。それが出来るのは、ラーソルバールが敵兵を弾き飛ばした事による僅かな時間の余裕によるもの。

 反対側に居たルガートはその恩恵に与る事は出来なかった分、味方の支援魔法により活力を取り戻すことができた。

「頼みましたよ、中隊長……」

 ここで敵将を打ち倒すことが出来れば、恐らく敵を降伏させることも可能になる。ルガートは期待を込めた言葉を、遠ざかる背中に投げかけた。


 グスタークが動かぬフォルテシアに狙いを定め、次の剣を振り下ろそうとした時だった。左の脇腹に衝撃とともに痛みが走った。

「ぬ……!」

「……卑怯とでも何とでも言え。俺を無視して通り過ぎた代償だ……」

 二度目の不覚にグスタークは血走ったような眼で、脇腹に剣を突き立てている騎士、ギリューネクを睨んだ。怒りのままに狙いを変えて剣を横薙ぎにするが、ギリューネクは剣を手放し後ろへと飛び退いた。

「あとは任せる!」

 その言葉の意味するところは何か。斜め上に向けたギリューネクの視線の先を追うように、グスタークは僅かに視線なぞる。その瞬間、感じた事の無い威圧感にグスタークは体の痛みを忘れたように、慌てて剣を動かした。

 刹那。バキンという激しい音が響き、グスタークの剣は真ん中から真っ二つに折れた。いや、激しい衝撃で叩き折られたのである。

「なに!」

 剣を叩き折ったのは、束ねた金髪に陽光に湛える小柄な騎士の一撃。

 石畳をも叩き割る自慢の重く分厚い剣が折られるなど、全くの想定外の事。魔力の浸透が甘かったのかと考えた直後、グスタークは腹部に強烈な衝撃を受け、体をくの字に折るようにして後方へと弾かれた。

「グハッ……」

 背の痛みや脇腹の痛みなど非ではない。一瞬、呼吸が出来なくなる程の激しい痺れが全身を駆け巡った。


 今のは何だ……? グスタークは困惑した。

 いや、僅かに相手の動きは見えていた。剣を折ったあと奴は懐に潜り込み、恐らく腹部の鎧の薄い部分を狙って何かをしたのだ。

 それよりもその相手はどこか。僅かに視線を切った瞬間に見失っていた。

 しまった、と思った直後。戦人いくさびととしての感が警鐘を鳴らすように、ぞわりと全身に鳥肌が立つのを覚えた。

「な……!」

 既に再び死角に、自身の足元に潜り込まれていたのだ。

 対処をしようと思ったものの、間に合わなかった。下から勢いよく突き上げられた剣の柄が、グスタークの顎を正確に捕えていた。

 グスタークの巨体は衝撃で僅かに宙を舞い、そして激しい音を立てて石畳に叩きつけられた。

「捕縛、お願いします!」

 その言葉に周囲に居た騎士達は、グスタークが動かないことを確認すると、数人がかりで取り押さえた。

「敵将を捕縛した! ゼストア兵は降伏されたし! 抵抗する場合は容赦しない!」

 凛と澄んだ声が、乱戦となっていた場に響いた。

「敵将捕縛!」

 連鎖するように声が響き、次第に小さくなる戦闘の音。

 ラーソルバールは疲れたように足をふらつかせながら大きく息を吐くと、剣を握る手を緩めてギリューネクに頭を下げた。

「足癖の悪い奴だな……」

 左腕を押さえつつ、ギリューネクは苦笑いで返す。ラーソルバールがグスタークを弾き飛ばした攻撃を指しているのだろう。

「あはは……それ、以前にも言われた事があります……」

 つられたように苦笑を浮かべて応じたあと、フォルテシアの無事を確認して安堵の吐息を漏らした。

「フォルテシア、お疲れ様……」

 まだ僅かに震えるフォルテシアに、ゆっくりと左手を差し出す。

「あ……ありがとう」

 小刻みに揺れる手は、ラーソルバールの手をしっかりと握り締めた。


 砦の外の戦況はヴァストール第七騎士団の優勢が続いていた。

 ゼストア軍は砦攻略に充てていた部隊を戻したものの、崩壊しかけた戦線を引き戻すまでには至っていない。

 ただヴァストール側としても、このままゼストア軍に壊走されても困る。自国に逃げ帰ってくれる分には困らないが、野盗に身を落として国内に残られては後始末に苦労させられることになる。それを防ぐためにも決め手が必要だった。

「第三大隊、右前方から敵の後背に展開し、挟撃体制に入れ!」

 ベイブリンガーの指示のもと一隊が敵陣を突き崩し、後方へと回り込んだ。

「もう一手……」

 このままでは勝ちきれない。敵陣を駆けながら、ガイザはつぶやいた。

 切り込んでから短時間で何人を切り倒したか。剣を振るう疲労感に意識を手放しそうになり、次第に薄れる罪悪感。自分は何をしているのか、いつまで続くのか。自問した時だった。

 少数の部隊が突如現れ、第七騎士団と連動してゼストア軍を包囲するように攻勢を始めた。それは砦の地下通路を使って現れた、第四騎士団シジャード麾下の騎馬隊約五百騎。

 陽が傾き大地が朱く染まりつつある時、この最後の一手が勝負を決めた。

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