(三)陽は沈む②
砦内部で戦う者達も、外で起きた異変を耳で知ることが出来た。
腹に響くような地を鳴らす数千の馬蹄音。それが意味するのは、歩兵で構成されたゼストア軍とは別の軍の動きだということ。すなわちヴァストール側の援軍ということになる。
自身も深手を負い、戦況が変わりつつあると分かってもグスタークの目は死ぬことはなかった。右の腕が矢傷により動かないとみるや、手にしていた剣を左手に持ち替え、即座にギリューネクを狙って振り下ろした。
ギリューネクはその攻撃を辛うじて横に飛び退いて避けたが、グスタークの剣はギリューネクが直前まで立っていた場所の石畳を軽々と叩き割っていた。
衝撃で飛び散った石畳の破片が周囲の者達の鎧に当たり、小さくない金属音を幾重にも奏でる。
「むぅ……」
納得がいかないのか、グスタークはうめくように小さく声を漏らした。利き手でないぶん正確な攻撃は出来ないものの、その威力は何ら変わることは無い。尋常ならざるその光景は、周囲に恐怖を植え付けるには十分だった。
「何て破壊力だ……」
今までの戦闘でグスタークの尋常ではない強さは目にしていたが、改めてその破壊力を目にしてギリューネクは恐怖や驚きを通り越して呆れるしかなかった。
剣身には厚みがあるとはいえ、力任せの使い方をすれば折れるか歪みそうなものだが、そうした様子も無い。丈夫な良い剣を使っているのか、魔力操作が剣にまで行き届いているのか、いずれにせよ反撃の機会などないのだと思い知らされる。
ジャハネートの言うように、生かして捕えるなどという事が出来るとは思えなかった。
対するグスタークは強者と戦いたいと言う欲求はあるものの、砦内部に孤立してからはそれも封印していた。
今は敵の援軍により自軍の救援も見込めなくなり、更に右腕も動かないという状況では、味方を一人でも多く生かし自身も生き残るという命題さえも困難になりつつある。
背の矢傷を癒そうにも、鎧の上から深々と突き刺さった矢は戦場では簡単に処理出来るはずもなく、かといって矢を残せば治癒効果は期待できない。現状残された左腕のみで対処せねばならないが、どこまでやれるか分からない。
グスタークにも武人としての矜持が有り、部下や兵を盾に生き残ろうとは微塵も考えてはいない。
自身が死ねば兵達も降伏しやすいだろうかとも考えたが、だがそれは最後の手段であり限界まであがいてやろう。グスタークは死を覚悟し、割り切った。
「このグスタークの剣に血を吸わせたければ寄ってくるがいい! 死出の旅の供をさせてくれる!」
グスタークが一歩踏み出すと、周囲は半歩そして一歩と後退する。右腕を動かすことが出来なくなったはずの男の気魄が、周囲を飲み込んだ。
ギリューネクも左腕の負傷もあり、圧倒的な力の前に抗する術が見当たらず、横を通り過ぎようとする敵将に対して僅かに躊躇いを見せた。近くにいたフェザリオも敵に阻まれ身動きが取れず、直後に気圧され足の止まった若い騎士がグスタークの剣の餌食となった。
背中の矢傷から血を噴き出しながらも、グスタークは剣を振るい歩みを止めない。これだけの精神力を見せつけられるというのはジャハネートにとっても想定外だったに違いない。
グスタークを警戒するように時折横目で追っていたシェラは、敵将の前に立つひとりの騎士に目を止めた。
(あれは!)
グスタークの眼前を塞いだのは兜から黒髪を覗かせる小柄な騎士だった。
「小娘が抗うというのか?」
言うや否や、空気を切り裂くようなグスタークの剣撃が黒髪の騎士に襲いかかった。
「フォルテシア!」
シェラの悲痛な叫びがラーソルバールの耳にも届く。
直後にフォルテシアは身を屈め、グスタークの剣を滑らせるように捌こうと自らの剣を斜めに差し出した。剣がぶつかりガリガリという金属音が響かせながら、グスタークの剣はフォルテシアの体を掠める事なく振りきられた。
フォルテシアとしては、ただ力任せに振る直線的な剣なら何とかなるはずだと思っていた。怖いのはそこに織り混ぜられる変化する剣だと、騎士学校時代に練習相手に身に染みる程に叩き込まれていたからだ。
だが、剣を振りきらせて隙を作ろうとしたフォルテシアの狙いは外れ、グスタークは力任せに剣を手繰り寄せるとすぐに体勢を整えた。
「利き手じゃないなら……」
フォルテシアはその言葉の後を飲み込んだ。魔力を込めて防いだおかげで何とかなったが、手には痺れが残っており次も同じように捌けるとは限らない。自身の腕を過信していたが何とか凌いだだけなのだと悟ると、全身に冷や汗が出るかと思う程に恐怖が襲ってくる。
「次が有ると思うな!」
苛立ちにグスタークが声を荒げる。
再び振り下ろされる斬撃を、フォルテシアは剣を突き出して牽制しつつ横に飛んで辛うじて躱した。
「ラーソル! 行ってあげて! ここは何とかする!」
シェラの声に軽く左手を上げて応じると、ラーソルバールは眼前の敵兵を横に弾き飛ばし、開いた空間にその身を投じた。
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