(三)警戒線上の悪魔②

 ゼストア軍の足が止まった事を確認したベスカータ砦内部からは大きな歓声が上がった。

「第二弾、もう少し距離を稼いで!」

 ラーソルバールの澄んだ声が響く。

 砦に設置されている投石機のうちの三台には樽が乗せられ、その脇にはそれぞれ魔法院のローブを着た者が一人と複数の兵士たちが準備に追われていた。

 ゼストア軍を襲った突然の炎。

 それはラーソルバールが目にした備蓄品からの一手だった。


 前日、大隊長から許可を得て備蓄庫に足を運んだラーソルバール。

 そこに有ったのは、いくつもの樽。その中身は余剰品として眠っていた油だった。

 冬季の暖を取るほか様々な用途に使用する目的で持ち込まれたのだが、補給が多すぎた事と、昨冬が暖冬だった為にあまり消費されなかったために残っていたらしい。

 ラーソルバールはすぐにこの樽の使用許可と、開戦前で手の空いていた魔法院の者を四人程借りるよう申請を出した。

 申請を受けた団長のランドルフは何をするつもりか疑問に思ったものの、申請者の名を見て大きくため息をつくと、特に使用目的も聞かずに許可を出したのだった。


 許可が下りるとラーソルバールはすぐに作業に取り掛かった。

「すみません、ゼストア撃退の為に魔法院の方にご協力頂きたいのですが」

 まず最初に、暇そうにしていた魔法院の人員に声を掛け、魔法付与の協力を仰ぐことから始める。

「我々に何か……?」

 最初は不審げな顔をしていたもののラーソルバールが名乗った直後、彼らの態度は自ら協力を申し出るほど一変した。名前が売れるのも悪い事ばかりではないか。ラーソルバールはシェラと顔を見合わせながら苦笑いしたのだった。

 彼らの手を借りて出来上がった物は、対ゼストア攻撃用の器具。

 油の入った樽には魔法付与を施された小さな鉱石が二つ張り付けられ、効果を増大される魔法陣が刻み込まれている。この魔法付与、それは効果発動後に地上十エニスト(約十メートル)で樽を炸裂するように調節されたものと、もうひとつはそれと連動して風の魔法で油を霧状に振りまく、というもの。

 この加工された樽を威力と強度を強化させた投石機に乗せ、不可視インビンシブルの魔法をかけてから射出。樽がゼストア兵の頭上で炸裂し油が散布された瞬間に、同じく魔法強化された強弩から不可視となった火矢が襲うという二段構えの攻撃だった。

 ほぼ物理攻撃に近いものだが、それでも効果は絶大だった。


 その突然の炎にゼストア軍の先団は困難していた。

 多くの兵が炎に飲まれ、負傷もしくは死亡したと思われる。攻城戦用の兵器も木材部分が炎に包まれている。

「ええい! 何をしているか! 兵器の消火を急げ! 負傷者は後続の救護部隊に任せて足を止めるな!」

 混乱する兵の叫び声の中、第二王子カイファーの声はかき消される。

「殿下、混乱に巻き込まれます。殿下は後方へお下がりください!」

「何を言うか! この程度で臆したか! 大軍を率いながら、少数の敵相手に退いたとあっては世の笑いものになるわ!」

 部下の制止も聞かずカイファーは剣を抜き放ち、怒りに声を震わせる。

 次の瞬間、カイファーの後方で何かが弾けた。

「何か!」

 炸裂音に振り返った直後だった。カイファーの直後にいた部隊が炎に包まれた。

「ウワァァァー!」

「ギャーッ!」

 耳を覆いたくなるような悲鳴が響き、カイファーは眼前で起きた出来事に驚愕した。

「魔法か……。これは魔法による攻撃か?」

「砦からの距離では、魔法攻撃など考えられません!」

「では、何か! 何が起きているのか! グスターク、貴様説明せよ!」

 狼狽するカイファーの視界の端でまたもや炎が上がり、その炎は攻城兵器を包む。部下に問いただしたところで答えが得られるとは思えない。

「見えない悪魔でも居るのか……」

 あの砦に悪魔が居るのか。それとも魔法生物でも飼い馴らしているのか。剣を持つ手が震える。

 それでも弱みを見せられない。王子としての威厳を保たなくてはならない。

「各部隊、魔法感知を徹底せよ! 上空に対しての対魔法防御展開! 進軍を続行せよ!」

 魔力を集中し声を拡散させるように、指令を飛ばした。


 その声は僅か後方にいたアルドーにも届く。

「馬鹿王子も腹を据えたか……」

 馬上からでは良くわからないが、ここまでで千五百名以上の死傷者を出したに違いない。それでも、王子の命令であれば従わざるを得ない。

 現状、自身がいつ炎に包まれるか分からないと言う状況では、兵士たちの士気が上がるとも思えない。追加の攻撃が無ければ混乱は終息に向かうだろうが、果たしてどこまで持ち直すか。

 自称戦略家の王子の腕の見せ所だが……。

「しかし、立て直したところで兵器の半分を失っていては攻略に手間取るでしょうね……」

 副官のクォラが大きなため息をつくのを見て、アルドーは苦笑いを隠せない。

 あの砦に悪魔が居ないことを祈るか。その自嘲気味の言葉を飲み込んだ。

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