(二)心休まらぬ日々②

 王都に戻った翌日。

 ゆっくりする暇もなく、不在の間に溜まっていた領主としての仕事だけで気が付けば夕方に。気分を変えようと思い、シルネラで手に入れてきた歴史書を開いてはみたものの、何故かいつもと違って全く中身に集中できない。ラーソルバールは諦めて本を閉じると、大きくため息をついた。


 そして次の日は久々の騎士団本部へ。

 事前に聞いていた通りに、ラーソルバールの一月官への昇進と第五中隊長に就任する旨が発表された。

 第十七小隊はラーソルバールの中隊に組み込まれたほか、受け持つ小隊は従来の第四中隊と第五中隊所属の部隊を、ギリューネクと小隊番号順交互に半分ずつ分け合うという異例の形となっている。これは中隊長としての経験の浅いギリューネクに今まで受け持っていた分を残しつつ、新人であるラーソルバールに配慮した結果なのだろう。

 ちなみに、第十七小隊は三星官に昇進したルガートが小隊長となる事が決まっている。


 大隊長と二つの小隊が不在だったため、第二大隊の組織改編の挨拶は急きょ会議室で行われる事となった。

 第四、第五、第六中隊が集められた会議室で、中隊長の着任の挨拶を無難にこなしたラーソルバールだったが、自身のあまりに早い昇進に心中穏やかではない。

 今後は責任も重くのしかかってくるだけに、すぐにでも逃げ出したいという気持ちもある。ため息くらいは漏らしてしまいたいところだが、新しく部下になる者達の視線もあるのでそうもいかない。背筋を伸ばし表情を崩すことなく、ただ無事に会が終わるのを待つしかなかった。


 やがて挨拶と報告が終わると、ようやくの解散となったのだが。

「他人の事は言えないが、頑張れよ……」

 ギリューネクはそう言ってラーソルバールの肩をぽんと叩いた。そこにはかつてギリューネクから感じたのような、苛立ちや侮蔑といった負の感情は見られない。

 少しだけでも自分を見る目が改善したのだろうかとラーソルバールは思う。

「右も左も分からないような新人には過分な立場ですので、先任の中隊長をお手本とさせて頂きこれからも精進していきますので、よろしくお願いします」

 かつての上司に素直に頭を下げると、少し心に余裕ができた。

「阿呆、俺もついこの前中隊長になったばかりだ。なんの参考にもならんよ。……それと……だな……」

「……?」

「……殴って済まなかったな……」

 初日の事を指しているのだろう。ギリューネクは照れくさそうにそう言い残すと、頭を掻きながら部屋を出て行った。


「あんなギリューネク隊長、初めて見ました……」

「素直じゃないんだよ、あの人は」

 歩み寄ってきたビスカーラがぼそりとつぶやくと、ドゥーが隣で笑いをこらえながらそれに応える。

、今後もよろしくお願いしますよ」

 ルガートが意味ありげに、にやりと笑う。

「ああ、それと……。先程受け取った資料によると、うちの小隊は人員減になった分の補充が入るそうです。着任次第挨拶に行かせますので、お手柔らかに」

「中隊長とはいえ私は新人なので、あまり面倒事は持ち込まないでくださいね」

 ラーソルバールは三人に向かって苦笑いをした。

 直属の部下とはいえ、今までのように勤務中常に行動を共にするというような事は無くなるだけに、やや寂しい気もする。たった三か月ほどの間であったのに、色々とあったおかげで長い間一緒に居たような気になる。

 特にビスカーラやドゥーは同じ戦場を経験しただけに、その思いは強い。

「今後とも、第五中隊としてよろしくお願いします」

 ラーソルバールはそう告げて、会議室を後にした。


 中隊長室。ここにはヴェイス一月官が座っていたことを思い出す。あまりに駆け足でここまで来てしまったが、自分はどうなるのか。天井を見上げ、息を吐いて肩の力を抜いた。

 ゆっくりと椅子に腰かけ、最初の仕事に手をつける。それは机に置かれていた副官人事申請書の記入。ラーソルバールは予定通り、そこにシェラの名を記した。

 通常であれば事前に昇進が発表されると同時に、副官の打診があるのだが、ラーソルバールの場合、七月一日に遡っての昇進となり、本人は王都を離れていたために事前確認できないという事情により後手に回ったのである。

 申請に正式な承認が下りるまでは、副官無しという状態で過ごさなければならない。

 机に積まれた資料と書類を見て、ラーソルバールはため息をついた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る