(二)心休まらぬ日々①
(二)
ギルドからシルネラの軍部へ。そして交流という名の合同訓練が行われたのだが。
軍に訪れた時には慌ただしさも無く、いつも通りというように訓練が行われていたので、ラーソルバールは安堵した。
将軍と呼ばれる人間が他国を訪れる際の護衛が少数とは思えず、加えてルクスフォール家の護衛もいる。軍が動かなければ目的は達成できないだけに、軍の落ち着いた雰囲気はアシェルタートらへの襲撃が行われなかったと考えたからだ。
その想定が誤っていなかった事を、この日の任務終了後、宿に届けられていたホグアードの短い手紙で知った。
「暴走した獣は止めた。昨夜の獣もその仲間だったようだ」
比喩したような文面で内容を深く書かなかったのは、誰かの目に止まる事を恐れたのだろう。
果たして議会関係者が暗殺を企図するほど、帝国の要求は許せないものだったのか、それとも交渉態度が気に入らなかったのか。
恐らくは帝国に対して一矢報いようと考えたものの、ドグランジェは警護が多く断念せざるを得ず、不用心に一人で出歩いていた随伴者を狙ったというところか。
いずれにせよ、アシェルタートが無事に帰国できたようで安心したというのが一番であり、戦争の火種にならずに済んだという事もまた喜ばしい話でもあった。
夕食を誘いに部屋にやってきたシェラに、ラーソルバールは笑顔を向けた。
翌日もシルネラの軍部との訓練が行われた。
二日間で感じたのは、シルネラの軍は個々の能力は別として、集団での統率がとれておらず無駄が多いということ。命令に従わない者が居たり勝手に指示を出す者が居るなど、問題は多く軍としては辛うじて形を成している程度に見えた。
シルネラは民主国家としてまだ成熟しておらず「国民の誰もが平等に権利を持つ」という部分だけが一人歩きしているのかもしれない。ヴァストールのように階級による上下の関係といったものが希薄に感じられた。
それは、今後ヴァストールがシルネラと連携する場面が生じた時に大きな問題になりかねない。現状のシルネラの軍隊では不安を禁じ得ない。
シルネラが帝国の要求を蹴ったのであれば、戦争とまではいかないが関係が悪化するのは目に見えている。アシェルタートがそうならないよう暗殺未遂事件を伏せて、現状維持の為に奔走したとしても限度があるだろう。
先に帝国との戦争に突入するのはヴァストールか、シルネラか、はたまた近隣国か。それがシルネラや近隣国であった場合、明日は我が身でありヴァストールは静観を決め込むことはできない。
ラーソルバールの感想はフェザリオを通じてシルネラ軍に伝えられたが、それが生かされる事を期待するしかなかった。
七月一日、大使の任を終えたゼレッセン子爵と共に、多くの懸念点を抱えたまま、帰国することとなった。
「ではファーラトス子爵、あとをよろしくお願いします」
任期を終えてほっとしたような表情を浮かべながら、後任に全てを託すとばかりに握手を交わす。
新旧大使の会話が終わるのを待ってから、フェザリオはシェラを父親の前に押し出した。
「お父様、お元気でお過ごしください」
シェラは見送りに出ていた父、ファーラトス子爵の手を取って僅かに涙ぐみながら別れの言葉を告げた。
「なに、任期などあっという間だ。その間はシルネラとの関係を盤石にするから安心して暮らすといい」
ほんのひと時だけ別れの時を惜しむ親子に、誰も口を挟む事はしなかった。
シルネリアを発って王都エイルディアへ。帰りの道中は特に何事も無く、平穏な旅路となった。そして王都に戻って来た騎士たちは一日の休暇を与えられ、旅の疲れを取ることになっていたのだが。
自宅に帰ってきたラーソルバールを待っていたのは、あまり嬉しくないものだった。
それはラーソルバールの帰宅を出迎えたエレノールが手にしていた一通の書状。
中に記されていたのは「七月十日、八の刻に父君を伴って登城されたし」というもの。宰相の名で書かれているだけに、何の呼び出しかは分からないが面倒事だろうとしか思えない。
「なにこれ?」
書状を手に父に尋ねたが、何も知らないといった様子で首を傾げるばかり。
前触れの無い話ではあるのだが「父を伴って」となるとあの件だろうか。ラーソルバールは深くため息をついた。
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