(四)シルネリアの夜に③

 二人きりの時間は楽しく切なく、そして儚く終わり告げる。

 色々な話をしたが、まだ話したりない。それでも時間は待ってはくれない。

「いずれまた、ガラルドシアに伺います」

「ああ、待っているよ」

 食事を終えて店を出た二人は、人通りの少ない街路で短く抱擁を交わす。また会おうという約束を確かめ合うように。

 この日は人通りの多い道を通って帰るという約束で、ラーソルバールは馬車ではなく徒歩で宿へと帰る事になっていた。恋するルシェから騎士ラーソルバールに戻るための気持ちを切り替える時間が欲しかった、というのがその理由。夜空を見上げれば、月が二つ美しく輝いていた。


 ラーソルバールの姿が闇に紛れて見えなくなったのを確認すると、アシェルタートも自らの宿へ向かうため、背を向け歩き出す。そんな静かで甘く切ないような夜の余韻は、アシェルタートが細い路地を曲がったところで終わりを告げた。

 アシェルタートが背後に人の気配を感じて振り返る、と同時に白刃が振り下された。

「クッ……!」

 慌てて身を捻って辛うじて凶刃から逃れたものの、咄嗟の事に壁を背負い退路を失ってしまった。それを見計らったように黒衣の男は無言のまま剣を握り直し、再び横薙ぎするようにアシェルタートに攻撃を加える。

 直後、ギンという高い金属音が響く。アシェルタートは腰の剣を半分引き抜いて攻撃を受けたが止めきれず、凶刃に左肩を抉られてしまった。

「何者だ! 何が目的か!」

 痛みを堪え問いかけるが沈黙が解として返され、代わりに剣が押し込まれて肩に食い込む。その痛みに顔を歪ませながらもアシェルタートは剣を手放さない。

 少しでも剣を持つ手の力を抜けば首を斬られる。だが相手が剣を引き、再び閃かせたとき自らの剣を鞘から抜ききれなければそこで終わる。いや、そもそも持っている長剣では長すぎて、小路での戦闘は不利になる。このままでは駄目だ。その咄嗟の判断で壁を支点にして相手を蹴り飛ばした。

 出来た一瞬の隙に店に面した路地に転がるように戻るが、相手も追いすがるようにやって来る。

 急いで剣を抜き放って身構えると、相手も警戒したのか一旦距離をとった。

 アシェルタートにも僅かに余裕が生まれたが、助けを求めようにも人通りが無い。

 それどころか先程までは僅かに居た人も見当たらず、不自然な程に人が居ない。近くの住居も厄介毎に首を突っ込みたくないのだろうか、剣撃の音にも全く反応がない。

 どうするか、と思った瞬間だった。背後にもうひとつ気配を感じ、アシェルタートは思い切り右手に飛び退いた。だが上手く避けきれなかったか、左腿からは鮮血が飛び散り痛みが走る。そのまま石畳を転がり、痛みに耐えつつ立ち上がろうと膝を起こした。

(物取りじゃないな。帝国との関係を良く思わない者が放った刺客か?)

 まだ冷静に考えるだけの気力は残っている。だが、ボルリッツに二流と評されている剣の腕では、起死回生の策などあるはずもない。

「ごめん、ルシェ……。もう会えないかもしれない……」

 家族よりも先に浮かぶ名前。生を半ば諦めた時、石畳を走る足音がアシェルタートの耳に届いてきた。

(また一人増えたのか?)

 だが二人の暗殺者の動きを追うので精一杯で、音のする方を見る余裕も無い。その視界の中で、暗殺者の一人が足音のする方向に首を向けるのが見えた。

 直後、青白い光が閃いたかと思うと、鈍い金属音が街路に響く。

「アシェル!」

 自らの名を呼ぶ声にハッとする。

 直後に何かを殴打するような鈍い音とうめき声が共に聞こえ、視界に見覚えのある姿が入った。

「ルシェ!」

 アシェルタートは思わず叫んでいた。

 ラーソルバールによって弾き上げられた暗殺者の剣が石畳に転がり落ちる音が響き、同時に暗殺者は剣の峰で殴打されたのか首を曲げたまま地に転がった。

 乱入者に驚いたもう一人が慌ててラーソルバールに襲い掛かる。が、瞬時に反撃を食らい、持っていた剣を弾き上げられてしまった。

 攻撃の術を奪われた暗殺者は急いで飛び退くと、腰の短剣を引き抜いて構えた。

「この人を襲えば、外交問題になると承知の上での事かっ!」

 シルネラの反帝国派か、それとも他国の陰謀なのか。ラーソルバールは切っ先を向け、暗殺者を一喝した。

 アシェルタートは伯爵家の跡継ぎで領主代行であり、今は恐らく帝国の使者の随伴者だ。彼に危害を加えれば帝国がシルネラを攻撃するための良い口実になるのは間違いない。


 ラーソルバールに隙がないとみるや、出方を伺うように残った暗殺者は距離を取る。その呼吸に合わせたようにラーソルバールはアシェルタートに駆け寄り、守るようにその前に立つ。

 残った一人を倒して依頼主を聞き出す手もあったが、自分はあくまでも部外者であり、アシェルタートの安全を確保するのが最優先だという意識が働いた結果だ。

 その様子を見た暗殺者は、逃げる機会を得たとばかりに倒れた仲間に駆け寄って肩に担ぐと、闇の中へと消えていった。

「剣撃の音がしたので来てみれば……」

 ほっとしたようにラーソルバールはつぶやく。

「あはは、女の子に守ってもらうとは我ながら情けないな……」

 安心したのか、アシェルタートは苦笑しながら石畳に腰をすとんと落とした。

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