(三)小隊長と公爵令嬢②

「ラーソルバールっ!」

 馬車を降りてきたエラゼルは、思いがけない出迎えに誰はばかることなく破顔した。夕陽に彩られた白いドレスと併せ、笑顔はその美しさを際立たせる。

 以前は氷の姫とも揶揄された事もあるエラゼルの表情に、ルガートは驚いた。

「我が家の担当なのか?」

「まさか、順番による割り当てで、本当に偶然だよ。……いえ、偶然ですよ、エラゼル嬢」

 騎士としての仕事の顔に切り替えきれないまま、友の笑顔を見つめる。

「そうですか、こんな偶然なら有難いですね」

 この日に会えると期待していなかっただけに、抱き付きたくなる衝動を抑えつつ、淑女としての振る舞いに戻そうとするエラゼル。後から降りてきたデラネトゥス公爵は普段見ない娘の姿に、頬が緩むのを覚えた。

「今日は三姉妹お揃いなのですか?」

「ええ、どなたかが『少なくともひとつは良いことが起きるはず』と仰ったので」

 公式な場とあって余所行きの顔で会話する二人に、公爵は堪えきれずに失笑する。

「失礼いたしました。公爵閣下、本日は武器や危険物の持ち込みは禁じられております。また会場内は魔法の使用が封じられておりますので、予めご了承ください。これから身体検査及び、持ち物の検査を行わせて頂きますが宜しいでしょうか?」

「承知した」

 公爵の承諾を得て、身体検査を始める。

 ルガートが公爵の身体検査を速やかに終えると同時に、ラーソルバールもエラゼルの検査を終えた。その後、ビスカーラと手分けして公爵夫人と、イリアナ、ルベーゼの検査を行った。

「懐とお手持ちの物、確認させて頂きました。ご協力有難うございました。本日は存分にお楽しみ下さいませ」

 ラーソルバールら小隊の面々が頭を下げると、エラゼルは名残惜しそうに振り返りつつも公爵の後をついていく。最後にイリアナが振り返って小さく手を振ったので、ラーソルバールは笑顔と会釈でそれに応えた。


「ふう、緊張したぁ! 口から何か変なものが出るかと思いましたよ。しかし、公爵家のご令嬢は皆さん物凄くお綺麗ですね……」

 やや興奮気味にビスカーラが言うと、朴念仁と思われていたドゥーも「特に、隊長と話していた方は……」と、ぼそりと呟いた。

「ドゥー、鼻の下が伸びているよ。でも、無理もないか。彼女、国で一番の美女と噂されるだけあって、近くで見るとさすがに圧倒されるね」

 ルガートも持ち場に戻りながら、肩をすくめて見せる。

「ですよね……。もう嫉妬とか通り越してしまいます」

 ビスカーラが苦笑いしながら心中をこぼす。

「でも、うちの隊長もドレス着てちゃんとすれば、彼女と並んで見劣りしないんだよ。知ってたかい?」

「な……!」

 ルガートの言葉に驚き、ラーソルバールは思わず躓いて転びそうになった。

「ああ、隊長ならそうかもしれませんね」

 納得したようにビスカーラは手を叩く。

「ほ……ほら、次の馬車が来るまで、警備をしっかりしないと!」

 過去に何処かで見られたのだろうか。彼女と一緒に居たところ見られたとすれば新年会か。恥ずかしさで動揺しながら、小隊員を叱咤して誤魔化すラーソルバールだった。


 会場に向かう通路で、エラゼルは自身を見詰める若い令嬢と目が合った。

 挑戦的な目で、威嚇するかのような表情を浮かべており、露骨な敵意を感じる。

(あれはジェストファー侯爵家の……アストネアとかいう娘か……)

 修学院でたまに見かける一年下の生徒だが、いつも取り巻きを連れて行動しておりその端々に傲慢さが表れていて、良い印象を持ったことはない。

「エラゼル様は、随分と仲が良さそうに騎士の方とお話しされておられましたが……」

 無視をして通り過ぎようとしたところ、呼び止めるように声を掛けられた。

「……それが何か?」

 エラゼルはなるべく敵意を向けぬよう、口調を抑えて応じたのだが。

「騎士というのは平民や、爵位を継ぐことのできない者たち、それに嫁の貰い手が無い方ばかりがなるものでございましょう? そのような方と仲良くされるというのは、自ら品位を落とすようなものですわ」

「何! 言うに事欠いて……」

 エラゼルは視線鋭くアストネアを睨みつける。今手を出したら負けだ、と自制を利かせる。

「そういえばエラゼル様も騎士学校出身でしたね。修学院にいらしたということは、良きご縁でもありましたか?」

「私の事など些事に過ぎません。それよりも貴女には騎士達に国を守って頂いているという認識と感謝の思いは無いのですか? だとすれば余りにも愚か、侯爵家の名が泣きますわ」

 美しさに冷たさが加わり、他者を圧するに十分な存在感を見せる。そんなエラゼルの怒りに満ちた言葉に一瞬怯む様子を見せたものの、それでもアストネアは引き下がらない。

「騎士などいくらでも替えが有りましょう? 私達、大貴族とは違うのですから」

 何という暴言か。抑えられぬ怒りにエラゼルは手を振り上げた。

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