(二)交錯する思惑②


 大使館を背にしていたラーソルバールは、振り返って仰ぎ見ると、意を決したように口を一文字に結び、拳を握り締めた。

 傍らのルガートに微笑んで返すと、すっと駆け出した。

「サンドワーズ団長殿」

 各所の確認を終え、戻ってきたばかりのサンドワーズを呼び止める。

 第一騎士団であるボーガンディが後ろからこちらを見やり、不愉快そうな顔をしているが、気に止めている場合ではない。

「何か?」

 がっしりとした体躯と、二エニストに迫ろうかという高い身長を持つサンドワーズ。今は平時であるため、威圧感も消し殺気も放っていないが、目の前に立つとその存在感に話しかけることを躊躇しそうになる。

「具申したき事がございます」

 鉄面皮と言われることもあるサンドワーズ。ラーソルバールの言葉に表情を変える事無く無言で頷いた。

「事があるとすれば本日の夜間。我々の交代時間前後か、深夜となります。周囲の警戒は厳重ですが……」

「夜間の警備は厚くしてあるが、内部で何か有る可能性もある、と言いたいのだな」

「はい」

 全てを察したような言葉に、ラーソルバールは改めてサンドワーズという人物の凄さを感じた。「万能すぎてつまらない」と思っていた人物の『万能』さを改めて思い知らされたというべきだろうか。

「ですので、交代時間以後、内部での警備を申請いただきたいと思います」

 どこまで自分の意見を容れてくれるか分からないが、見上げるような身長差に臆する事無く視線を逸らさずに答えを待つ。

「ふむ……。外部も厳重な警備のつもりでもどこに綻びがあるか分からん。私としても君の意見には賛成だが、相手が許可するかどうかまでは保障しかねるが……。それよりも内部での警備は君がやるつもりなのか?」

「はい。自ら言い出した事ですから責任を持ってやります。その……内部警備の人数ですが……多すぎても警戒心を煽るだけでしょうし、ひと声上げれば外の人員も来てくれることを考えれば、私を含めて三人程度居れば事足りるかと」

 国家間のやりとりとなるため、軍務省を通すべき話なのかもしれないと思っていたが、意外にもすんなりと聞き入れて貰えた事に驚いた。

 ラーソルバールはサンドワーズの口元が一瞬笑みを湛えたような気がした。

「了解した。それでは軍務省にも話を通して人員の調整ができたら、グロワルド閣下に御相談しよう」

「有難う御座います」

「いや、私も懸念が有ったのだが、向こうからの申し出が無ければ対処しないつもりだった。まあ、後々調整するより先に動いたほうが良い。それだけの事だ」

 サンドワーズはラーソルバールの肩に手を置くと、小さく頷いた。

 三星官それも新人の意見を聞いて即座に動くというのは、なかなか出来る事ではない。その器の大きさに驚いた。

(ジャハネート様とは全く違う人柄だけれど……)

 サンドワーズはボーガンディに向かって歩き出すと、彼に何かを告げた。そしてすぐに馬に乗ると軍務省のある王宮へと駆けていったのだった。


 天候は良好で、警備は何事も無く夕方を迎えた。

 往来は制限されているが、時折近隣住民が物々しい警備を物珍しそうに眺めながら通り過ぎていく。もう一重二重と外側に騎士団が監視をしているため、大使館前ではそうそう緊張するような事態が起きる事も無い。

「このまま何も無いといいんですけどねぇ……」

 ラーソルバールは少し離れた場所に居たビスカーラに話しかけられ、笑顔を向ける。

 何事も無いのは良いことだし、この調子で明日まで平穏でいてくれれば良いのにと、願望が頭をもたげる。

 立ちっ放しの任務に、ビスカーラが少し動こうと腰を伸ばした丁度その時、石畳を叩く馬蹄音が聞こえてきたので彼女は驚いたように小さく飛び跳ねた。

「大丈夫、サンドワーズ団長です」

 ラーソルバールの一言に、ほっとしたようにビスカーラは大きく息を吐いた。

「でも、サンドワーズ団長はお忙しそうですが、どうされたんですかね?」

 その問いに、ラーソルバールは笑顔を浮かべつつ「さぁ?」と言葉を濁すにとどめた。

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