(二)交錯する思惑①

(二)


「グロワルド、彼らは信用できそうか?」

 レンドバール大使館内、亜麻色の髪の青年が応接室から出てきた軍務大臣を呼び止め尋ねた。

「はい、概ね信用に足るかと……」

 答えと共に軍務大臣グロワルドは恭しく頭を下げた。

 そのまま人払いをすると、軍務大臣は青年を伴って再び応接室へと戻り、二人はソファに腰掛けた。

「護衛にはやけに若い娘も居たようだが、彼女も騎士なのか?」

「殿下が仰るのは、金髪の娘の事でしょうか? 何か気になることでも?」

 殿下とは、レンドバールの第二王子であるリファールのことである。

 妻も婚約者も居ない王子の意外な問いに、グロワルドは小さく笑みを浮かべて応えた。

「ああ、その金髪の娘だ。若く、おおよそ騎士とは思えないような容姿に、凛とした振る舞い。上級貴族の娘とはまた違った不思議な雰囲気を持った者だと思ってな……」

「左様ですか……。殿下の仰る娘は恐らく、ミルエルシ三星官でございますな。護衛部隊の小隊長だという事で、先程挨拶を受けました」

「小隊長だと? あの年でか?」

 信じられないというように、目を見開き聞き返す。

「私も驚いたのですが、事前に聞いた噂通りであれば、どうやらモンセント伯を斬ったのは彼女であると……」

「なに……あの娘がか……? ……確かにモンセント伯が敗れた相手は金髪の小柄な者だった、という兵らの証言とも一致するところだが」

 リファールは顎に手を当てて瞳を伏せると、やや考え込むような仕草を見せる。

 そしてわずかな間を置いてから、眼光鋭く大臣の目を見詰めた。

「そんな人物を警護にあてるということは、我々の命を狙うような意図も有るのではないか?」

「私めも一瞬疑ったのですが、もしそのような意図があるのならば、あからさまに命を狙っていると宣言するような人選はしないと思われます。我々護衛対象が死ねば裏の事情はともかく、表向きは任務失敗となります。この度の戦の戦功者で英雄ともいわれる彼女に護衛させたのであれば、完遂こそが責務のはずです。彼女を護衛に付けることで、我々に圧力をかけ有利に交渉しようという思惑は否定できませんが、狙いは別の所にあると考えた方が良いでしょう」

「では、我々を快く思わないヴァストール国内に向けた牽制か、それとも和平交渉を快く思わない我が国の勢力へのものか……。いずれにせよ、余計な介入は許さないという意思表示ということか」

 納得してほっとしたように大きく息を吐くと、リファールは大きく背もたれに寄りかかった。

 果たしてモンセント伯を斬ったのは、まぐれだったのか。


 ラーソルバールは違和感と不安を抱えて館を出た。

 戦後の賠償と和平の交渉に来たレンドバールの使節団だが、交渉は翌日という事もあり、準備が有るということで、屋内の警護の警護は断られた。

 少ないながらも自国の護衛が居るだけに、なるべくなら戦勝国の関与は避けたいのだろう。

 ラーソルバールが感じた違和感。

 それは帝国の関係者と思しき人物が使節団に居なかったということ。

 現在のレンドバールの立場は帝国の属国である。今回は独自の判断でヴァストールと開戦したとはいえ、戦後交渉に帝国は関与しないのだろうか。いや、ひょっとするとあの事務官のいずれかが帝国の人間なのか……。

 もしここで帝国が関与した場合には、ヴァストールのにとって良い結果が導き出せるとは思えない。とすれば、ヴァストールがそれを嫌って第三国である帝国の関係者を入国拒否した可能性もある。

 帝国側からすれば、介入できず思うままにならない交渉であれば壊した方が良いに決まっている。表向き人が居ないにしても、過去と同じく関与を気付かれぬよう動く可能性も否定できない。その際はレンドバール関係者に危害が及ぶのは目に見えている。

 どうにも嫌な予感しかしない。

 レンドバールの国内事情も分からないので、今回の交渉にはどこの国のどんな思惑が絡んでくるのか想像も出来ないが、少なくとも、交渉に反対する国内勢力は宰相らが押さえ込んでくれていると期待したい。

 自分はたかが小隊長。国家の思惑はどうあれ、この場で起きる事態に対応する程度の権限しか無いのだから……。と、思案をしていたら、不意に背中を軽く叩かれた。

「隊長、難しい顔ばかりしていると老けますよ。せっかくの美人が台無しだ」

 ルガートはそう言って、にやりと笑った。

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