(三)戦端①
(三)
カラール砦に入ってみて、ラーソルバールは少なからず驚いた。
「砦の居住区って賑やかなんですね」
「そうですね。交通の要所という訳でもないのに、行商人が来たりしますからね。彼らは元々、砦の守護にあたる騎士や兵士を相手に商売をしていたらしいですよ。当然、軍事施設だけに、騎士以外が砦に入る際には厳しい検閲が必要ですけどね。私もここに来たのは二度目なんで、確かな事は言えませんが、以前よりも店が増え、活気が出た気がしますよ」
ビスカーラも興味津々といった様子で周囲を見回す。
「ビスカーラ、みっともない真似するな」
前を行くギリューネクは僅かに振り返り、部下の動きに釘をさす。
「ふぇい……」
しょげたように返事をすると、ラーソルバールと顔を見合せ互いに苦笑する。
露店だけでなく、立派な店舗構えて商売をしている者も居る。彼らはこの砦が戦争に巻き込まれると分かっており、慌ただしくしながら、逃げようという様子は無い。ここが生活の拠点になっているため、逃げるという選択肢は無いのかもしれない。
目に見える場所に、守らなければいけない非戦闘員が居る。ラーソルバールは複雑な思いを抱えつつ、馬上から人々の様子を見詰めていた。
夜になり、後発となった第四、第六騎士団が砦に到着した。その直後、待っていたかのように偵察部隊より、レンドバール軍の動向に関する情報がもたらされた。
すぐに四人の騎士団長と副団長、そして魔法院、救護院のそれぞれの代表、副代表が集まり、会議が始められた。
「レンドバールはここまで予測された通りの進路を通ってきているみたいだね。これ以後は狭隘地になるし、北は常闇の森があって進路に選択肢は無い。この砦を目指していると言っていいだろうね」
報告書を手にしたジャハネートは、記載された内容を基に机上に広げた地図に小さな駒を置いていく。
「これは見せかけで、一転、南下するという可能性は?」
第六騎士団長のジェリック・ナイアードが、地図の南方を指した。
「無いこともないが、そうした場合、王都残留部隊とこちらの兵力で挟撃って事になる可能性が高い。それにわざわざ南のナッセンブローグの警戒心を煽るような真似はしないだろうね」
ジャハネートの顔をちらりと見た後、第四騎士団長のシジャードがナイアードの懸念を払拭するように言った。
レンドバール王国の南には、ナッセンブローグ王国という小国がある。両国の間には、余り交流はないが、敵対しているという程ではない。
ナッセンブローグはヴァストールとも国境を接しており、同盟こそ結んでいないが関係は非常に良好である。レンドバールとしては、ナッセンブローグを刺激してヴァストールと同盟を結ばせる切っ掛けを作るという愚を犯したくない、というのが正直なところだろう。
黙って聞いていた魔法院の代表サマディア・フォンタックと、救護院代表のモリス・カッファーが、何か含みがあるかのように顔を見合わせる。
「で、作戦はこれから決めるんですか?」
到着したばかりで疲れたという素振りを隠そうともせず、フォンタックがしゃがれた声で尋ねた。
「いや、これから説明するんだが、ちょいと試したい手があってね。軍務省から預かってきた案はどれもいまいちでねえ。うまくいきゃ、即時停戦に持っていける手だから、協力して欲しい」
ジャハネートはにやりと笑って、手にした駒を地図に転がした。
会議はジャハネートの説明が終わると、一同で案の細部を纏め上げ、夜半頃までかかって終了となった。
「考えたのはジャハネートか?」
部屋を出る折、シジャードが小さな声で呼び止めた。
「いんや、アタシは作戦考えるのは好きじゃないからね。必要に迫られなきゃやんないよ」
「だよなあ。かと言って、あの脳筋が考えるはずもない……」
「気になるのかい? いいよ、アンタにゃ特別教えてやるよ」
意外な反応に、シジャードは不思議そうに首を傾げる。「教えてやんない」という言葉が返ってくると思っていたからだ。
「アンタの知人の娘さ」
笑顔でそう言い残すと、ジャハネートは掌をひらひらと泳がせて、自室へと戻って行った。
「知人の……娘?」
二年前に自らが言った言葉などすっかりと忘れていたシジャードは、それが誰なのかこの日眠りにつく直前になって、ようやく思い出したのだった。
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