(二)カラール砦③

 周囲に座る騎士達はラーソルバールに対し、道化でも見るかのような興味本位の視線を向ける。

 隣に座るギリューネクにしてみれば、自分の部下が上司である自分を差し置いて騎士団長に指名されたのだから、気分の良いものではない。不快感を隠そうともせず、憮然とした表情をジャハネートに向けていた。


「まず、砦の近隣にある村に対し、避難指示を出してください。どこかの街か、砦の居住区でも構いません」

 ラーソルバールが発した言葉の意図を掴みかね、騎士達は一様に眉をしかめた。ただひとり、ジャハネートのみが微かに笑みを浮かべ、真っ直ぐに瞳を見詰めている。

「避難の際には、騎士団も協力して食料品や物資は全て運び出してください」

「なるほど」

 言わんとするところを察したのか、ジャハネートはニヤリと笑った。

「相手は遠征軍とはいえ、緒戦は士気も高いと思われますので真正面から当たるのは得策とは思えません。ですので、一度正面から当たるフリをします。まず砦から一旦出撃、敗走を装って敵本隊を引きつけつつ砦に撤収。これは陽動で、その間に別働隊を動かして、恐らく敵本隊の後背に配置されるであろう補給部隊を、北側の森から急襲し、殲滅を狙います。その際に、食料を奪取もしくは焼却。しかる後に速やかに撤収します。現状物資の供給に難のあるレンドバールは、補給物資を失えば撤退を余儀なくされるのは必定で、彼らに対してはこれが一番の有用な手かと考えます」

「理解した。村民の避難は、物資を失った敵が近隣の村を荒らして物資を調達しようとするのを避ける狙いか」

 沈黙していたランドルフが口を開いた。驚いたような表情をしたのはジャハネートである。いや、ラーソルバールにではなく、そのような思考に辿り着くはずがないと思っていたランドルフの言動に、だ。


「はい、ご推察の通りです。そしてもう一点の意味があります。我々が砦に篭るというのは、相手も予見しています。相手は初手から村を襲い、砦より我々をおびき出す餌とする可能性もあります」

「確かに。村が襲われたら黙って見ているって訳にも行かないねぇ。もし村を見殺しにして勝ったとしても気分が悪い事この上ない。騎士団は国民を守る気が無いと後ろ指を差されることだろうさ」

 納得したように大きく首を縦に振ると、ジャハネートは満面の笑みを浮かべた。

「敵軍の配置がその通りだと確認できたらそれで行こうかね。いいかい、ランドルフ?」

「異論無い」

 ランドルフは短く応えた。そしてラーソルバールを見据えると、座れと言うように、首を一つ縦に振る。道化と思って見ていた周囲の視線も、ここに至っては違うものに変わっていたが、ただ一人変わらぬ者がいた。

 促されて腰掛けるラーソルバールの姿を横目で見つつ、ギリューネクは怒りを内包するように唇を噛んだ。


「引き付け役の殿しんがりと、補給部隊の強襲役は苦労するかもしれないが、まあ、そこは頑張ってもらうしかないね……。それと、先程も言った通り、逃亡貴族との繋がりでいつ離反者が出るか分からないので、作戦は口外しないように。もし離反者が出た場合には捕縛するか、それが叶わぬ場合、たとえ友であっても切り捨てる覚悟をして貰いたい。但し、離反者と偽って他人を陥れるような事をした場合には、極刑が待っているからね」

 虚偽の殺害を避けるよう、釘を刺すのも忘れない。全てがジャハネートの手の上で踊らされていたのか。彼女は武技よりも権謀術数の方が、性に合っているのではないだろうかとラーソルバールは苦笑いする。

「村民の避難は即時に開始させるとして、作戦や部隊の割り振りについては現地に着いてから伝達する。ここでの話は作戦終了まで口外禁止だからね。そいじゃ、解散!」

 言い終えると、ジャハネートはギリューネクと一瞬視線を合わせ、牽制するように睨み付ける。

(アンタに潰させるもんか……)

 瞳に強い意志を感じたのか、ギリューネクは逃げるように視線を外して背を向けた。


 そして二日後にあたる四月三十一日の夕刻。第一陣となる第二、第八騎士団が対西方の拠点、カラール砦に到着した。

 レンドバールとの開戦は、間近に迫っていた。

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