(一)出征③

「淑女って言ってもね……。私ら所詮、男性に混じって戦う仕事ですから?」

 わざとらしくおどけるシェラに、半ば冗談混じりに言ったエラゼル自身も笑うしかなかった。一応、そこは声を抑えて、だったが。

「……で? 皆揃ってどうした?」

「西への派兵が決まったの」

「ああ、なるほど」

 ラーソルバールにそう一言だけ応えると、エラゼルは眉間にシワを寄せた。

 想定していた事とはいえ、実際にその段になると苛立ちは隠せるものではない。その僅かな変化をラーソルバールは感じ取ったが、エミーナにはエラゼルが動揺する素振りが無いように映ったらしく、不思議そうに首を傾げた。

「知ってたんですか?」

「ん……まあな」

 エラゼルはラーソルバールの顔をちらりと見る。

 ラーソルバールはその様子を見て苦笑いすると、話を逸らすため案を巡らせた。

「しかし、エラゼルは本当に何着せても似合うね。修学院の制服着ると『お嬢様』って感じになるんだねぇ」

「何だか馬鹿にされている気になるのはどういう事か……」

 その言葉で、全員が笑い出す。

 僅かにムッとした様子を見せたのは、エラゼルなりの演技だったのだろうか。そう考えたものの、不器用な彼女にそんなことが出来るはずも無いな、とラーソルバールはすぐに否定した。

 この後、一同は行きつけの甘味店に移動し個室を用意してもらうと、ケーキを前に出兵前の大事な時間を共に過ごしたのだった。


 帰り際、エラゼルに小声で言われた言葉に、感情を揺さぶられた。

「友として、ラーソルバールに死なれては私が困る。それにお前はまだ、王太子殿下の婚約者候補のままなのだからな。国の為を思うなら、生き残るのも国の為なのだぞ。決して、死んでも構わないなどと思わぬように。……ルクスフォールの御曹司との事も何とかしたいと思っているのだろう?」

 確かに、戦場に出れば死ぬかもしれない、死んでも仕方が無いと頭のどこかで考えていた。

 他の候補者の立場からすれば、対抗馬が戦場で消えてくれるのなら、自らが選ばれる可能性が上がるだけだと喜ぶところだろう。エラゼルの頭の中にはそんな考えは微塵もないという事が、良く分かっているだけに、かえって重い言葉に感じる。

 素直に「絶対に生きて帰って来い」と言わないあたりが、いかにも彼女らしい。

「うん、分かった。宿敵が戦場で死んだら困るでしょうからね」

 さよならとも、行ってきますとも言えない、ラーソルバールの精一杯の言葉だった。


 帰宅してエレノールに出征の事を告げると、彼女は最初に笑顔でそれを受け止めた。

 彼女なりの配慮だろう。

「おめでとうございます!」

「……ん?」

「帰られたら、昇進ですかね、陞爵して男爵様ですかね?」

 どこまでが本気か分からない言葉に、ラーソルバールは苦笑したが、おかげで重かった気持ちが晴れたような気がした。やはり、冗談なのだろうと思ったのだが、実際に浮かれた彼女の様子を見ると、もしや全部が本気なのではないだろうかという気になってきた。

「エレノールさん、私が戦場で死ぬとか……」

「そんなことある訳ないじゃないですか! 帝国との戦ならいざ知らず……」

 思わず尋ねようとしたところを、被せ気味に否定されてしまった。過大評価もいいところだ、とため息をつく。

(ああ、本当に心配して無いのね……)

 そのまま二人で荷造りを始めたが、姉のような優しさが心地よかった。

 あまりに仲良さそうに支度をしていたので、その様子を見た父に半ば呆れられたように笑われたのは言うまでも無い。


 そして、いよいよ王都を経つ日。

「我が第二騎士団は、先頭で王都を出立する。必ず勝利し、生還することを心に刻め! 陛下も王城から我々の行軍の様子を御覧になられるそうなので、不敬にならぬよう、国民に恥ずかしくないよう振舞う事を忘れるな!」

 ランドルフの声に応えるように、歓声が沸く。すぐにその声は静まり、ランドルフは周囲を見渡し、にやりと笑った。

「では、第二騎士団、行くぞ!」

「オオーッ!」

 ランドルフが掲げた大戦斧に応えるように、次々と剣が天を向けて突き上げられる。

 これが、戦場に向かう前の雰囲気か。恐怖を塗り替えるような高揚感に包まれた同胞達の顔を横目で見つつ、ラーソルバールも剣を突き上げる。

 周囲の雰囲気に飲まれつつも馬に跨ると、すぐに行軍が始まり、騎馬の列は西門へと向かう大通りへと出た。

 沿道を埋め尽くす王都の人々の大きな見送りの声援に対して、ラーソルバールは馬上から笑顔で応えつつ、手を振る。そんな見送りの人々の中に、修学院の制服を着た一団が居た。

(エラゼル、ファルデリアナ様……)

 その中に心配そうに見詰める二人の姿が有った。

(大丈夫、帰ってくる……)

 生涯裏切ることは無いと誓ってくれた友に、笑顔を向けながら小さく会釈すると、瞳で帰還を約束した。

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