(二)カラール砦①

(二)


 カラール砦、それはヴァストール王国の西部にあり、レンドバール国境近くで睨みを利かせる国防の要所である。

 その威容は小さな城と言っても良い程で、中央に城郭を配し、周囲は高い壁で囲まれている。

 かつては小さな砦だったが、友好国であったレンドバールが帝国の属国と化し、関係悪化が決定的になった事により増改築が行われ、現在の姿に至る。

 砦の居住区には、常駐する騎士達を相手に商売を行う民間人も多く住んでおり、さながら城下町といった感さえもある、

 防衛の任を負った騎士団は、王都を発ってから三日後にカラール砦に到着する予定となっていた。


 先発部隊である第二、第八の騎士団は、夕暮れに差し掛かる頃、夜営準備を始めていた。

 食事の支度をし、寝床を用意する。寝床と言っても小型の天幕テントと寝袋という簡素なものだが、僅かに肌寒さを感じる程度のこの時期であれば、特に問題にもならない。

 野営の準備自体はラーソルバールも騎士学校で実践してきたので、手順には問題が無いとはいえ、小隊で活動を共にするのは初めてであり、若干の戸惑いがある。

「ラーソルさん、もうちょっと右端を……」

「……ああ、すみません」

 ビスカーラと共に、天幕の設営を行っている時だった。

「ミルエルシ二星官ですね?」

 ひとりの女性士官がラーソルバールに声をかけてきた。

「はい、そうですが……?」

「選抜された人員での緊急招集がかかりました。ギリューネク三星官殿と共にご同行願います」

 良く分からずとりあえず「了解しました」と答えたが。緊急招集、しかもわざわざ選抜までするとは何事だろうかと、首を傾げながらギリューネクを見る。ギリューネクも訳が分からないというように、肩をすくめる。

「すまねえが、設営は残りの面子でやっといてくれ」

「あ、はい、分かりました」

 手にした天幕ののやり場に戸惑いながら、ビスカーラは慌てて答えた。

 ラーソルバールは手にしていた天幕の軸をドゥーに渡すと、改めて女性士官に敬礼をする。

「何でコイツと一緒なんだ?」

 ギリューネクは不満顔で問いかける。

「さあ? 私はお二方をお連れするように、と言われただけですので……」

 女性士官は二人を先導しながら、振り向く事無く答えを返す。無愛想とも言えるような対応に、ギリューネクは問い掛けを止めざるを得なかった。


 間もなく二人は本部用の特大の天幕に案内され、中に入るよう促された。

「お、来たかい。アンタらが最初だ」

 入り口の幕をくぐると、ラーソルバールにとっては聞き慣れた声が二人を迎えた。そこに居たのはジャハネートとランドルフ、二人の騎士団長だった。

「ジャハネート様……」

 第八騎士団の団長であるジャハネートがここに居るということは、合同の会議なのだろうか。普段のように接する訳にもいかず、ラーソルバールは慌てて二人の団長に敬礼をする。

「ちょいとね、作戦の相談だ。他の連中も来るから座って待ってな」

 ジャハネートは意味ありげにラーソルバールに目配せした。しかし、小隊長でもない新人の自分まで呼ばれる意味が分からない。隣に座るギリューネクも黙ったまま何も言わない。先程まで憮然とした表情をしていたギリューネクも、さすがに二人の騎士団長の前では表情を隠していた。


 そうこうしているうちに、次々と騎士達が天幕に入ってくる。いずれも士官なのだろうが、胸の階級章を見る限りは、二星官はほとんど居ない。

 一際若いラーソルバールを見る他の騎士達の目が好奇に満ちているようで、非常に居心地が悪い。時折その様子を伺いながら、笑いを堪えているジャハネートの様子に、からかわれているのだろうかという気になる。

「シャスティ!」

 天幕の人がある程度に達した時点で、ジャハネートは途中で入ってきた副官と思しき女性士官を呼び寄せた。彼女は天幕内の人数を数えると、軽くうなずいて合図を送る。

「ほいじゃ、始めようかね! 座ったままでいいよ!」

 赤い女豹がニヤリと笑った。

「ここに集まって貰ったのは、が取れている者の中から、任意に選抜した二星官以上の士官だ」

「裏付け、とはレンドバールに逃亡したと思しき貴族と、繋がりの無い事が確認されたという意味になります」

 ジャハネートの言葉を補うようにシャスティが続ける。

 なるほど、そういう意図か。ラーソルバールは得心がいった。こちらの作戦が筒抜けになるのを防ぐ、離反者に情報を与えないようにする、という意味があるのだろう。

「まあ、そういう事だ」

 ここにきて、ようやくランドルフが口を開いた。と同時に、第二騎士団所属の騎士達から笑いが漏れる。面倒事や頭を使うことはジャハネートに任せている、というのを見抜かれているのだろう。ランドルフがばつが悪そうに「フン!」と鼻を鳴らすと、それを期に周囲が静まる。

「さあ、作戦会議を始めようかねぇ」

 ジャハネートの瞳が妖しく光った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る