(四)第一報①

(四)


 初日の訓練は居残りとなってまで続けられた。

 それはドゥー達が何としてもラーソルバールに一撃を、という執念にも似た思いを抱えて挑み続けた結果である。

 結果としてその思いは遂げられなかったが、動けなくなるほど訓練をしたという満足感は得られたようだった。

「……お……疲れ……様でした!」

 息が切れたまま、ビスカーラはやっとの思いで言葉を発した。

 地面に腰を下ろし、天を仰ぐと、心地よい風が汗をかいた身体を包み込んだ。

「もう……動けません……」

「私も疲れました……」

 ラーソルバールも疲労はしているが、二人に比べて無駄な動きが少ない分、まだ立っていられる。ボンカー一空兵らの様子が気になって見やると、同じように息が上がってもう動けないという様子だった。こちらの四人もドゥーらに触発されたように他の訓練を続けていたが、それも限界まで来ていたのだろう。

 さすがにこの辺で切り上げないと、翌日に響くだろう。全員の様子を眺めつつ、初日からやりすぎたかなとラーソルバール少し後悔した。

「部屋に戻りましょうか……隊長に報告しないと……」

「ああ、隊長なら多分もう、居ないですよ。今頃飲んでるんじゃないかな」

 ビスカーラはそう言って苦笑する。

「自分は平民出身だから、どんなに頑張ったって出世できないから無理はしない……って、口癖みたいなもんです」

 続けたドゥーの言葉に、ラーソルバールは首を傾げた。平民出身で騎士団長になった人も居たはず。だが、先程の貴族を毛嫌いするような態度を見れば、それがただの言い訳ではない事は分かる。

「そうですか……。困ったなぁ、まだほとんど説明を受けていないんですが……」

 あまり見下ろしていると、偉そうだと思われかねない。ラーソルバールはしゃがみこんで、視線の高さを合わせた。

「ああ、大丈夫ですよ。新人の案内は私の担当です。ただ……」

「ただ?」

「疲れて今は動けません。ちょっと待ってください……」

 ビスカーラは疲労しきった顔に、精一杯の笑みを浮かべた。

 その言葉に、疲れて頭が回らなくなった小隊員たちが次々と笑い出し、賑やかな笑い声がしばらく訓練場に響く事になった。


 騎士団の入団初日を何とか終え、ラーソルバールは疲れた足で自らの邸宅に戻ってきた。

 ドゥーやビスカーラは寮住まいのため、疲労した状態でも無事に帰りつくことが出来ただろう。

 騎士団に所属する者の三割から四割程度は専用の寮で暮らしている。独身には都合が良いというのもあるが、居住者の多くが地方出身で王都に家を持つまでの仮住まいとして使っている。緊急事態が発生した際にも、動きやすい入寮者が優先的に対処に当たる事になっているため、その分、家賃や食費は格安に設定され優遇されていた。

「お帰りなさい、ラーソルお嬢様!」

「ただいま、エレノールさん」

 結局エレノール自身が「ラーソル様」と呼びにくかったのか、以前のような呼び方に近い形で落ち着いている。ラーソルバールとしても「ご主人様」と呼ばれなければ良いので、あえてそこは触れないようにしている。

「初日はいかがでした?」

 嬉しそうに問いかけながら手を差し出すエレノールに、制服の上着を渡すと、疲労もあって小さく吐息した。

「色々あったよ……。色々あって疲れた……」

 憧れていた騎士になった初日。

 どんな一日になるかと想像していた訳ではない。ただ少なくとも、こんなに胸の中にもやもやが残る形で終わるとは思っていなかった。

 それでも、悔しさに涙を浮かべるほどではない。ギリューネク以外の人達との関係は悪くないはずだ。そう思えば、少しは元気が出てくるのを感じた。

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