第三十一章 騎士になる者として

(一)その手で救えるもの①

(一)


 大陸を襲った地震。

 合同演習は狼煙による合図で即時中止となった。街に戻ると、損壊した家と立ち上がる煙が生徒達を出迎える。

 訓練が中断させられた事など最早気にする者も居ない。生徒達は即座に馬車を止めると、救助者や被害状況を確認して回る。そして被害状況を見ながら己の無力さを思い知る。

 人間は魔法を使い、自然を意のままに操っているかに思えるが、実際に自然が牙を剥けば、人間には対抗できる力など無いのだと思い知らされる。

 国内は王都だけに限らず、各地にも被害が出ていることだろう。怪我人の傷を魔法で癒しつつ、様々な不安が渦巻く。

 この惨状はヴァストールだけだろうか。他国はどのような状況なのだろうか。これだけ大規模な被害が出た地震ならば、隣国も少なからず影響を受けているはず。ラーソルバールは考える。


 生徒達は寮へ戻る道すがら、怪我人や助けを求める人々を探しつつ歩く。その足取りは重い。

「エラゼル……」

 ラーソルバールは隣を歩く友に声をかけた。

「ん? 何か?」

「こんな時に言うのもなんだけど、帝国は体面を気にすると思う?」

 質問意図を察したのか、エラゼルは一瞬だけ考える様子を見せ、崩れた家屋に視線を向ける。

「これから大陸を統べるか盟主たらんと考えているのであれば、災害につけ込むような真似はできないはずだ。今、我が国に手を出せば、帝国は大儀も無く被災国家を襲った卑劣な国と言われ、強力な反帝国連合が出来上がる事になるだろうからな」

「そうだよね、そう思う。けれど不安が拭いきれないのは……」

「西か?」

 無言で頷くラーソルバールを見て、エラゼルはため息をついた。


 西、それはレンドバール王国を意味する。向こうに今回の地震の影響がどの程度あるのか不明だが、大国である帝国とは違い、災害が侵攻する理由になりえるのだ。

 自国も被災していれば、出兵は国民の厳しい視線に晒されるが「物資を手に入れるため」どと称し、権力者への不信感を逸らす目的で動く可能性がある。そうなれば表立って動けない帝国が背後で動く事になる。

 これから先の問題は大臣達や騎士団の仕事だろうが、戦争に発展した場合、騎士学校の生徒も臨時招集される可能性もある。

「全く、良くもまあ、そこまで後ろ向きに考えられるものだ。……と、言いたいところだが、元々動向が怪しいところも有ったようだし、無いとは言い切れんな」

「動乱の傷跡もまだ消えないというのにね……」

「神など居ないのだと、言いたくもなるな」

 苦笑するエラゼルに、同意するようにラーソルバールは頷き天を仰ぐ。神が居るのであれば、これ以上の問題が起きないよう祈れば、願いは届くのだろうか。


 歩く限りでは、壁や屋根の一部が崩れているものは見受けられるものの、全壊している家屋は殆ど無い。

 怪我人もそれほど多いようには見えないが、所々から見える細い煙が火災の発生を示している。

「災害時には、剣は無力だね」

「そうだな……今動くべきは、権力者だ。父上を含め、各地の領主達は急いで動くだろうな」

 カンフォール村も心配だが、それは父の仕事であり、今回は任せて置けば良いはず。

「寮に戻ったら忙しくなるな」

 後片付けと、治安維持。騎士学校の生徒には災害時に与えられた役割がある。暗い顔ばかりしていられない。

「部屋の中が大変な事になっていても、片付けている余裕もないんだろうね」

「今日は寝る場所だけ確保して、お終いだろう」

 二人は背後からの呼び声に気付くと振り返る。

「ああ、シェラ遅かったね」

「斥候に出てた人が戻るのに時間掛かっちゃったからね。他のみんなは?」

 辺りを見回すように、シェラは首を左右に動かす。

「それぞれ散らばって道すがら手伝いをしているのだろう。寮に戻っても似たような指示が出るだけだろうが、鎧は邪魔だからな……」

 青軍の塗料の付着した自分の鎧を見ながら、エラゼルは小さく微笑む。

 同じように、赤軍の塗料が鎧のあちこちに付着しているラーソルバールを見つめ、シェラは苦笑する。

「二人共戦果はあったみたいだけど、これが訓練が終わった後だったら、ヘトヘトで動けないだろうね……」

「違いない。私はラーソルバールを叩き損ねたのが些か不満ではあるが……な」

「はいはい」

 エラゼルの言葉に、ラーソルバールは呆れたように肩をすくめた。

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