(一)その手で救えるもの②

 その日は、幾度かの余震に襲われたものの、いずれも最初の揺れと比べれば大きな被害も無く、揺れも小さいものだった。それでも、誰もが再び大きな揺れが襲ってくるかもしれないという恐怖にさらされていた。

 余震を含め、地震による国内の死者は百名に満たなかったが、多くの怪我人を出し、人々に災害の恐ろしさを嫌というほど刻み込んだ。

 騎士学校の生徒達も、休日を返上で数日間は各種支援に駆り出される事となり、その後は休む間もなく授業と、疲れを取る間もなく忙しい日々を余儀なくされた。


 そして地震の衝撃もまだ癒えぬ、八月二十四日。ラーソルバールは十六才の誕生日を迎えた。

 領地は翌年まで未定であり、正式な準男爵とは言えぬものの、叙爵後初の誕生日である。小さくとも宴を催すべきだという父に押し切られ、フェスバルハ伯爵の王都別邸を間借りして実施する予定を立てていた。

 だが、ラーソルバールは地震のあった翌日、周囲への影響を考慮し、宴の中止を決める。

 使用人を持たないラーソルバールとしては、父の口添えがあったとはいえ、フェスバルハ家に迷惑をかける形となった事が、心苦しくてたまらない。フェスバルハ伯爵家には侘びを入れるとともに、準備にかかった費用に上乗せして弁済すると、招待者への中止の通知発送を依頼した。


「ラーソルの誕生祝賀会は、食堂で我慢してね」

 シェラが笑った。その笑顔のまま、ラーソルバールの右腕を掴む。

「我が家でやれば良いと言ったのだがな……」

 エラゼルが呆れたように吐息すると、ラーソルバールの左腕に自らの腕を絡める。

 二人に無理矢理手を引かれ、食堂に引き出されると、友人達が盛大に出迎えてくれた。

「誕生日おめでとう!」

 女性の友人達を中心に、ガイザを含めたクラスの男子生徒数人が声を揃えた。

「あ……ありがとう……。ほら、学校や寮は無事だったとはいえ、街の方もまだまだだし、何か祝って貰うのは……」

「こういう時だから、少しくらい楽しい事が無いと駄目でしょう?」

 ミリエルが楽しそうにラーソルバールの表情を見つめる。

「そうだぞ、これは皆が騒ぐための理由なのだ。大人しく座っているだけでも良いのだからな」

 エラゼルが悪戯っぽく笑う。

 滅多に見せることのない表情をする友の姿に、ラーソルバールは少し感慨を覚える。思えば、去年はエラゼルは茶の礼としてプレゼントを渡すなり、照れ隠しなのかすぐに去っていったっけ……。今年は隣に座る友の顔を見て思う。

「何だ?」

「ん? ううん、何でもない」

 シェラはその様子を見つつ、ラーソルバールの頬を指でつつく。

「……ふふ。きっとね、ラーソルは去年の事を思い出してたんだよ」

 見事に言い当てられ、ラーソルバールはばつが悪そうに顔を背けたが、エラゼルも当時を思い出したのか、恥ずかしそうに頬を染めながらシェラを睨んだ。

 幸せな事に、自分は生まれた日にこうやって良き友たちに祝って貰えている。

 いつまでもこうした幸せが続けば良いと思う。そしてそれを守りたいと思う。


 だが……。

 今回の地震でも、自分の無力さを思い知った。剣では守れないものもある。

 分かっていながらも、自分の手は剣を握ることしか出来ないのだろうか。その剣で道を拓く事しかできないのだろうか。

 私は何のために生まれてきたのか。騎士になってその手で何が出来るのか。

 ラーソルバールは自問する。


 皆が目の前にある食べ物に手を付け、思い思いに会話を始めている。その様を見ながら、ラーソルバールはゆっくりと手元にあった小さな赤い果実を掴む。

 不意にこつんと頭を叩かれた。

「ほら、ラーソルがみんなを笑顔にしているんだよ」

 シェラが頬を膨らませ睨む。笑顔で居たつもりだったのだが、後ろ向きな事を考えていたばかりに、それが顔にも出ていたのだろうかと反省する。

「……じゃあ、シェラも!」

 ラーソルバールは手にしていた果実をシェラの口に詰め込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る