(四)アシェルタートの思い②

 ガラルドシア滞在二日目の朝、ラーソルバールは部屋の扉を叩く音で目覚めた。

「ラーソル、起きてる?」

「今、起きた……」

 寝惚けながらも聞こえてきたシェラの声に反応する。

 それは寮での生活と大差が無い。目を開くと、馴染みの薄い天井が見えた。

(ああ、ルクスフォール家に居るんだっけ)

 忘れていたわけではない。

 前日は不安のせいか、ランタンの火を消してからもなかなか寝付けず、ようやく朝方に寝付けた程なので睡眠不足と言っていい。

「ごめん、今開ける」

 扉までふらふらと歩き、鍵を開けて友を出迎える。

「おはよ。昨日はアシェルタートさんと話した?」

「おはよう。夕食の時に少し話した程度だよ」

 少し寝癖のついた頭を気にする事もなく、眠そうにあくびをする。

「美人が台無しだよ。アシェルタートさんには見せられないね」

「いいの。どうせエラゼルみたいに、綺麗で気品有る訳じゃないし、シェラみたいに可愛くて身だしなみとか、心配りができる訳でもないし……」

 半ば寝惚けているのか、アシェルタートという名前に反応して、卑屈になる。

「はいはい、さっさと着替えて。朝食だよ」

 シェラは苦笑いしつつ、ラーソルバールの両の頬を引っ張る。何度も寝起き直後の相手をしているので、あしらい方は心得ていた。


 朝食の場にアシェルタートが姿を見せる事は無い。これは前回の宿泊時から変わらない。

 客としてもてなしてはいるが、必要以上に接しない事で、伯爵家としての例外を作らないという気構えが見える。そうした人柄に関する情報は、ヴァストールにも伝わっているため、ラーソルバールとの間で密議があるはずが無いと判断されているのだろう。

 その信頼の一方を担う側としては、裏切る事など出来ない。


 朝食を終える頃、エシェスがやって来た。

 食べ終わったら遊び相手をしろ、という事なのだろうか。

「お兄様の仕事は昼までかかるそうです。こんな時くらい仕事を休んだって、誰も責める事はないでしょうに……」

 やや不満げにのも聞こえるが、兄の事を考えて言っているのだろう。

 エシェスはそのまま空いている椅子に腰掛けると、控えていた使用人に茶を要求した 。

「エシェス様の仰る事も分かりますが、伯爵家のお仕事も大変でしょうから、仕方無いですよ」

 自らの妹に接するかの如く、シェラは柔和な表情を浮かべ、エシェスを見つめる。それを受けてエシェスも笑顔を返す。二人の醸し出す雰囲気が仲の良さを示していた。

「そういえば、ボルリッツさんをお見掛けしていないのですが……」

 ラーソルバールは、気になっていた事をさりげなく口にする。ボルリッツの事なら聞いても問題ないだろうと考えたからだ。

「お兄様の指示で一昨日から出掛けております。今日の夕刻には戻ると聞いていますが……」

「良かった、滞在中にお会いできないかと思っていました」

 戻るということは、戦場に行った訳ではないという事になる。もしかしたら、兵士を送ったというのも自分の勘違いの可能性もある。できれば街に出て調べたい、と思い立った。

「エシェス様、私はこれから街で買い物をして参ります。昼前までには戻るつもりですが、念のため荷物持ちに男二人を連れて行きます」

 そう言ってシェラにだけ分かるように、目配せをする。

「勝手に決め……」

「じゃあ、ルシェが居ない間、エシェス様は私とテリネラ、リティアと一緒に、カードゲームをしましょうか。テリネラは顔に出ないから強いですよ!」

 街に出るというラーソルバールの意図を察し、シェラは自らの発言でガイザの言葉を制した。

「ふふ……コッテは弱いから」

フォルテシアは不敵な笑みを浮かべた。

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