(三)公爵家の令嬢①

(三)


 昼食時間、エイルディア修学院の食堂は騎士学校のように混雑しておらず、閑散としていた。席を埋めている大多数は、交流期間でやってきた騎士学校の生徒達、という状態だった。

 修学院は騎士学校と違い全寮制では無いため、弁当持参者が多い事が大きな理由ではあるが、騎士学校よりも遥かに料理人の腕が悪いという、もうひとつの事情がある。食堂の料理を食べたくないから弁当を持参する、人が来なくなるから料理の質が落ちる、という悪循環もあるのだろう。

 食堂の料理は、シェラが一口食べた直後に「騎士学校の食堂でお弁当作ってもらえないかな?」とこぼした程で、質の悪い酒場のそれと大差の無いものだった。


 修学院の生徒が周囲に居ない事を確認した後で、エラゼルは大きくため息をついた。

「なに、そんなに美味しくないの?」

 ラーソルバールが苦笑しながらエラゼルの様子を伺う。

「そうではない。クラスに厄介な相手が居たと思ってだな……」

「ん……? 厄介な相手?」

 食事が原因ではないと分かり、憂鬱そうな顔を見かねて聞き返す。

「ファルデリアナ・ラシェ・コルドオール。公爵家の娘だ」

「ああ、校門のところに居た方ね。エラゼルが昔の知り合いを名前まで覚えているなんて珍しいから、絶対に公爵家の人だと思ったよ」

 名前どころか、色々と覚えられていた男爵家の娘が言うので、エラゼルは思わず苦笑した。

「私は、ラーソルバールの事をしっかりと覚えていたぞ」

「私の事はいいから、その方がどうしたの?」

 話の流れを自分に向けられたのが不本意だったようで、ラーソルバールは眉間にしわを寄せてエラゼルを睨む。

「ふむ……。お互い公爵家という事もあり、何度も顔を合わせる機会があった相手でな、家同士に確執があるわけではないのだが、とにかく彼女とは折り合いが悪くてな……」

 騎士学校の食堂に比べ、遥かに固いパンをエラゼルは苛立たしげに引き千切った。

「でも、同じクラスになったからには何とかしないとね」

「何とかなる程度なら良いが、あちらには取り巻きも多くて面倒そうでな……」

「エラゼルにもいるじゃない、ここに取り巻きが」

 ラーソルバールがにやりと笑う。

「そうそう」

「いる……」

「そうですよ」

 シェラとフォルテシア、エミーナが続くように同意する。

「いや……、取り巻きでは無いだろう。少なくとも……私はそういうつもりで見たことはない!」

「前にも言ったけど、本人達にそのつもりが無くても、傍から見れば私達は取り巻きだよ」

 ぽんぽんと背中を軽く叩いて、ラーソルバールは笑顔を向ける。

「む……。確かにファルデリアナにもそう言われはしたが、友だと言い返してやった」

「律儀だねえ」

「済まない、皆に迷惑をかけるかもしれない」

 エラゼルはそう言うと頭を下げた。

「気にしないでいいよ、ここは私達の庭じゃない。来る前から、そういう面倒事が起きることくらい想定済みです。それに、自分達に降りかかって来た火の粉は自分達で何とかしますから」

「ラーソルの言う通りだよ。実力行使されたって所詮は同年代だし、騎士学校の生徒なんだから負けてたまるか、ってね」

 シェラはラーソルバールと顔を見合わせて笑う。

「私は平民だから、貴族同士の揉め事は良くわからないけれど……、身分の違いくらいは弁えてます……」

 フォルテシアは珍しく雄弁に語り、意志の強い眼差しをエラゼルに向けた。隣に座っていたエミーナも黙って大きく頷く。

「私達はエラゼルに護って貰おうとか思っていないよ。困っていたら助け合う、友達ってそういうものでしょ?」

 友の顔を見て、エラゼルは気が楽になったのか、ほっとしたような表情を浮かべる。

「ただし、ファルデリアナが何か仕掛けてきたら、教えて欲しい」

 エラゼルの眼差しは真剣だった。

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