(三)公爵家の令嬢②

 食事を終え、午後に入ると農業学の授業が始まった。

 現在、ヴァストール国内で生産されている作物の種類から始まり、何をどの程度輸入しているのかという話に及んだ。

 地味な内容に、騎士学校、修学院問わず居眠りを始める者が続出する。だが、そんな中でも、ラーソルバールとエラゼルは「必須」と言っていた通り、楽しそうに授業を聞いていた。

 授業が終わり休憩時間に入ると、不満を漏らす生徒が多かった。エラゼルが想定していた通り「貴族がこのような授業を受ける必要があるのか」というものだった。

「愚か者共め」

 エラゼルは自席から動かず、不満を漏らす者達を睨みつけていた。

「エラゼル、そんな怖い顔していないで……」

 隣に座るラーソルバールは、エラゼルをなだめようと小声で話しかける。

「将来、あの愚か者共が親の跡を継ぎ、当主としてこの国を支えるべき存在になるかもしれぬのだぞ。笑って済ませられるものか……」

 今にもペンを折りそうな程、怒りを込めてペンを握るエラゼル。ラーソルバールとしても、その気持ちは分かるのだが、他家の子女に無理強いする訳にもいかない。

「土地柄、農業に頼らない場所もあるのだろうけど、それでも知っておくべきではあるよね」

 やんわりと矛先を逸らそうと言ったつもりだったが、エラゼルの怒りは収まらなかった。

「ファルデリアナめ……、自分の取り巻きが愚かな事を言っているという自覚が無いのか。それとも同じ考えなのか」

「さ、エラゼル。次の土木学を終えたら剣術訓練だよ。鬱憤はそこで晴らせばいいでしょ」

「む……」

 溢れる怒りを抑えて、配られたばかりの概説書に視線を落とす。

(エラゼルのような人ばかりだと、国の未来も明るいんだろうけどね……)

 思えども、口にはしないラーソルバール。この一言が、恐らくエラゼルの怒りの炎に油を注ぎかねない事を、十分に理解していた。


 次の授業が終わったとき、エラゼルの怒りは、ため息へと変わっていた。

「はあぁ……」

 あまりに深いため息に、ラーソルバールはもはや苦笑するしかなかった。

 エラゼルは授業中「これが治水工事の基礎となる考え方か」と、声を抑えつつもラーソルバールに興奮気味に語っていただけに、その落差を見るに言葉も出なかった。

 原因は、やはり「土を掘ることを知って何の役に立つのか」といった声が聞こえたからである。

「もういい、剣術訓練へ行くぞ!」

「はいはい」

 立ち上がり、校庭へと向かうエラゼルからは今にも歯軋りが聞こえてきそうな程だった。床を蹴る靴音が、エラゼルの心の内を雄弁に語っていた。


「あら、剣しか能のない騎士学校の生徒さん達が、浮かれてやってまいりましたわ」

「その剣も、どうせ修学院ウチの生徒に負けるのです。可哀想に……」

 校庭にやってくるなり、そんな言葉が出迎えた。

 苛立ちが爆発寸前だったエラゼルだが、口さがない言葉を聞き流し、指示された通りに列に並ぶ。

「本日は、交流初日という事もあり、腕を披露し合い、互いを良く知る良い機会にしてもらいたい。それで……」

 剣術訓練を監督する教師が告げる。

「先生、どのような形でやりますの? 修学院の生徒に剣で負けてしまっては騎士学校の生徒さんの立場がありませんわ」

 ファルデリアナが教師の言葉に口を挟む。

「ファ……」

 エラゼルが我慢ならないとばかりに食ってかかろうとするところを、ラーソルバールが肩に手を置き止める。

「どういう形式が良いと?」

 公爵家の娘に配慮するように、教師は尋ねた。

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