(二)その価値①
(二)
ブルテイラを発ってから三日後、ラーソルバール達はようやく王都に帰ってきた。
道中は特に問題も起きず、順調なものだったと言っていい。国内が安定しつつ有るのだと実感するには十分だった。
途中二度ほど、治安維持活動を行う騎士学校の生徒に遭遇し、挨拶を交わして無事を喜び合うなど、心穏やかな行程だった。
一方、ブルテイラの方では騎士団員数名が残り、事後調査を行っていた。
ラーソルバール達も後に知ることになるのだが、事件に関連する被害者は当然、解放した五人だけではなく、男女合わせて三十名を越えていた。女達は、弄ばれ精神を病んだ者、また飽きられたりした者は、売られたり殺されたりしていた事が発覚。
男達も含め、売られた者たちの行方は闇業者の帳簿で追うのがやっとで、全容解明、生存者の全員救出の困難さに、騎士団は頭を抱えるしかなかった。
王都に着くと、フォルテシアの父ダジルは早速、書簡を手に軍務省へと駆け込んでいった。
ラーソルバール達もまだ夕方だった事もあり、荷物を寮に置くと、モルアール、ディナレスを伴い校長室へと向かった。
「ラーソルバール・ミルエルシです」
扉をノックしてから名乗る。
「お入り下さい」
室内から穏やかな声が聞こえた。
扉を開けて室内に入ると、校長は驚いた様子もなく、立ち上がって一同を出迎える。
「終わりましたか?」
「はい……」
少し照れくさそうな様子で、ラーソルバールは短く答えた。
「無事に帰って来られて何よりです。本当にお疲れ様でした。お話は後で伺います。ではまず、私と一緒に軍務省に向かいましょう」
校長の動きは早かった。
周囲が暗くなりつつ有るにも関わらず、職員に指示すると急いで馬車を三台用意させた。
「この格好で失礼ではないですか?」
馬車の中でラーソルバールは校長に問う。
ラーソルバールらは帰ってきた姿のまま、鎧を身につけ、正装とは程遠い姿で軍務省に向かうことになってしまったからだ。
校長なら良いという訳ではないが、やはり国家機関だけに気を使う。
「その姿で立派に任務を果たしてきたのですから、何の問題も無いでしょう。むしろ胸を張ってください」
そう言って、校長はラーソルバールの心配を一笑に付した。
とはいえ、過去にも訪れた事があるものの、気軽にやって来る場所ではないという思いが強い。エラゼルと顔を見合わせると、互いに苦笑した。
軍務省に入ると、校長が全ての手続きを行い、ラーソルバール達は言われるがままに、軍務省館内奥の会議室へと連れてこられた。
待ち受けていたのは軍務大臣他、軍務に関わる重要な役職に就いた人々。
ラーソルバール達は臆することなく一連の出来事を細かに説明し、ルクスフォール家に関しては助力を請うたとだけ述べ、深くは触れなかった。余計な詮索をされたり、怪しまれるのを避けたかったからである。
闇の門と門石について触れようとした丁度その時、魔法院の人々が現れたので、その着席を待ってから現物とファタンダールの研究資料を提出し、モルアールが説明を行う事になった。
説明が終わると最後に一言、ラーソルバールが付け加える。
「差し出がましいようですが、この石と研究資料は処分するか、厳重に保管したうえで使用しないようにする事を、切に願います」
室内がどよめく。
「何故そう思う。この技術が有れば、我が国は他国に対し大きく差を付ける事が出来る。その意味が分からぬでも有るまい?」
軍務大臣ナスターク侯爵は静かに問いかける。
「理解しているつもりです。帝国がこの技術を手にしているのならば、使う事を否定致しません。ですが……、魔法院の方ならば、アヴォレアという言葉を聞けば、私の意図をご理解頂けるのではないでしょうか」
「常闇の森に消えた国……」
水を向けられた魔法院所属のひとりが静かに呟いた。
「……アヴォレアが辿った道……そうか、これが元凶か。まさに他国がこの技術を恐れて、いや欲してかもしれぬが、我が国を滅ぼそうとする、ということか?」
ラーソルバールは黙ったまま、微動だにしなかった。自分の言葉がこの国の未来を決めかねない、恐ろしい分岐点に居ることを理解していたからだ。
「分かった。君の意見は十分に理解したし、尊重するが、決めるのは陛下だと理解しておいてくれ」
軍務大臣の声が低く響いた。
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