(一)ブルテイラ事件③

 細い通路で兵士達を止めていたラーソルバールとエラゼルだったが、さすがに倒しても武器を奪ったとしても人数差を埋めるのは難しかった。

 ラーソルバールはシェラと入れ替わり通路の右に、そしてエラゼルは左に。シェラは少し下がってディナレスと並び、後ろを守るように立っていた。

 前の二人が合わせて十人程度を倒した時だった。

 兵達がいる後方の通路から、金属音の混ざった大人数の足音が響いてきたので、全員に緊張が走った。これ以上の増援となれば、もうどうにもならなくなる。

「ラーソルバール、エラゼル、シェラ、ディナレス! みんな無事?」

 フォルテシアの大きな声が響いた。

 焦燥が顔に出ていた四人に、笑顔が戻る。

「兵士共、剣を収めな! 戦闘を止めないんだったら、このジャハネートが叩き切るよ!」

 直後に良く通る大きな声が響き、兵士達を威圧する。その名は兵士達も知っており、主人の命に逆らうとはいえ恐れが先行したのか、誰もが慌てて剣を引いた。

 声の主はすぐに姿を現すと、その姿を兵士達に見せつけ、畏怖させる。

「子爵は捕縛した。これから犯罪者として本国に送る。逆らえなかったとは言え、アンタ達も犯罪と知ってて加担したんだ。お咎め無しって訳にはいかないよ!」

 騎士達がジャハネートの後ろから現れると、うなだれる執事や兵士達を取り囲んだ。


「あぅうわぁぁぁ……!」

 フォルテシアは言葉にならない叫び声を上げつつ、ラーソルバールとエラゼルに飛びつくと、そのまま泣きじゃくった。

「ありがとう、フォルテシア。貴女がジャハネート様を連れてきてくれたんだね」

 友の濡れた黒髪を撫でつつ、ラーソルバールは嬉しそうに微笑んだ。

「……ごめんなさい、遅くなって、ごめんなさい……」

 泣きながら何度もフォルテシアは謝る。

 シェラとディナレスも歩み寄ると、フォルテシアに笑顔を向けた。

「ありがとう、おかげで助かったよ!」

 その言葉に、疲れも忘れて抱きつく力に力が入る。

「痛いぞ、フォルテシア!」

 たまらずエラゼルが抗議して苦笑を浮かべる。フォルテシアは力を抜くと、涙でぐしゃぐしゃになった顔を、濡れた服の袖で拭った。

「フォルテシア、ガイザとモルアールは?」

「あ……」

 ラーソルバールの言葉に、フォルテシアは言葉を無くした。


 二人の居場所は、ジャハネートが捕らえた門衛から聞き出され、すぐに救出された。

 闇商売の者達に売られる直前だったらしいが、それを逆手にとって、ジャハネートは街にあった闇商売の者達の拠点を制圧し、全員を捕縛して見せた。まさに風の如くという対応だったようだ。

 ラーソルバール達はフォルテシアの父の計らいで、近くの宿に宿泊する事ができたものの、騎士団は宿泊場所が無く、やむを得ずデンティーク家の屋敷で一晩を過ごすことになった。

 そして、翌日も騎士団は精力的に活動した。

 相続の可能性を含め、妻子についての調査が行われた。デンティーク子爵は既に離婚しており、妻子は別の場所に住んでいるらしいという情報を街で得たが、騎士団としては事後処理の権限は無い。相続か取り潰しかの判断は王都に委ねる事になるだろう。

 また、捕らえられていた女性たちは、デンティーク家の私財から補償金支払いを約束され、近くの教会に助力を請う形で一時騎士団預かりとなる事が決まった。

 最後に心配されていたラーソルバール達の荷物だが、意外にも全て手元に戻ってきた。邸宅の一室に保管されたまま、まだ一切手を付けられていなかったところを、邸内を調べていた騎士によって発見され、速やかに回収されたのである。


「さて、またこんな事件があると厄介だから、本当はアタシが王都まで送ってやりたいんだが、任務があるんでね。その代わり、クローベル二月官を王都まで付けるから、安心しな」

 別れの際、ジャハネートは照れくさそうに告げたが、その意図は安全確保以外にも二つあった。

 ひとつ目は、王都への報告文書を持たせること。内容は任務に関するものと今回の事件に関するもの。ふたつ目は共に居る機会が少なかった、父娘に対する配慮である。

「ジャハネート様、今回の恩はいずれお返しします。ありがとうございました」

「礼は、アンタがアタシの配下に来てくれれば十分さ。でも、いい事もあったよ。面白かったし、屑貴族を排除できた。また、王都でな」

「はい、また!」

 ラーソルバールとジャハネートは笑顔で握手を交わすと、再会を約束し。別れを告げる。

 こうして、後にブルテイラ事件と呼ばれるようになる出来事は、慌しく終わった。

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