(四)小さな戦い③

 廊下に出ると、横たわるシェラの前に立つ二人の男が見えた。一人の男は手に短剣を持っており、シェラを脅すために構えた瞬間だった。

「鍵を壊しやがったのか! 傷つけるのは勿体ねぇが、少し痛い目見せてやる」

 ラーソルバールに気付いた男は、シェラに背を向けてラーソルバールとの距離を詰めると、その勢いのままに短剣を突き出した。

 ガキッ!

 ラーソルバールは突き出された短剣を手枷の木枠で受け流すと、膝で男の拳を手枷と挟み込むように蹴り上げる。

「……ってえぇ!」

 男は衝撃に耐え切れずに、短剣を手放し苦痛に顔を歪める。男が痛む拳を押さえた隙に、ラーソルバールは足元に落ちた短剣を蹴って弾く。

「遅れた。……すまぬ」

 隣の部屋から現れたエラゼルが短剣を拾い上げ、ラーソルバールに向かって苦笑する。

 その姿を見たラーソルバールはふわりと跳ねると、男の首筋に強烈な回し蹴りを入れる。男はエラゼルに気を取られており、不意を突かれた形で抵抗する間もなく弾かれると、壁に頭をしたたかに打ち付けた。

「もう、エラゼルが先に出る算段だったでしょ……」

 わざとらしく、口を尖らせて抗議してみせる。

「そう言うな、おかげで魔法の訓練ができたのだろう?」

 からかうようにエラゼルが笑った。

「……お前ら、この娘がどうなってもいいのか?」

 もう一人の男は、手にしたナイフをシェラに突き付ける。

「良くないけど、もう少し対象に集中しないとね……」

「なに……?」

 ラーソルバール達の方を警戒していたため、男はシェラに対する意識が散漫だった。

 シェラは腕を振り上げて、ナイフを持つ手に手枷を叩きつけるように振り下ろした。

「がっ!」

 男はたまらずナイフを手放す。

「まあ、とりあえず、起きてて貰っては困る」

 エラゼルはいつの間にか男の脇に立っており、男が驚いて振り返った瞬間を狙って、みぞおちに前蹴りを叩き込んだ。

 狭い室内が災いして、男は蹴られた勢いのまま壁に激突し、意識を失った。

「どうも、ラーソルバールのようには、体内魔力を攻撃に上手く生かせぬな」

「いやいや、今ので十分でしょ……」

 男の惨状を見ながら、シェラは呆れたように言った。

「済まぬな、良いところだけ持っていってしまって」

「何か対抗意識燃やしてる?」

「ふむ……友とは言え、宿敵は宿敵だ」

 シェラの問いに、冗談とも本気ともつかぬ表情で返す。

「そんなの、どうでもいいからさ、手枷の鍵とか、部屋の鍵とか探して。こっちの男は持って無さそうなんだよね」


 探してみると、エラゼルが蹴り飛ばした男が、手枷と部屋の鍵を両方所持していた。

 三人は手枷を外した上で、ディナレスを解放する。

 気絶している男達を部屋に閉じ込めて鍵をかけると、気になっていた事が頭をもたげる。

「部屋がまだあるみたいだけどさ、他にも捕まっている人が居るのかな?」

「先程、微かに歌が聴こえていたからな。聴こえるように返して置いたが、誰か居るのだろうな」

 なるほど。歌にはそういう意味が有ったとは考えもしなかった。エラゼルもそんな気遣いをするのかと、ラーソルバールは微笑む。

「ん? どうかしたか?」

 自らに向けられた微笑の意味が分からず、エラゼルは困惑した様子を見せる。

「何でもない。さあ、その人を探そう」

 鍵束を手に、類似の部屋を開けて回る。すると一人ではなく、幾人もの若い女性が囚われていた事が分かった。

 扉を開けただけで怯える者、衰弱している者、解放に歓喜する者、反応はそれぞれだったが、囚われていた理由は同じだった。

「さて、ここからどうやって抜け出そうか」

「剣でも有ればね……」

 手にしているのは男達が持っていた短剣とナイフ。救出した人々を守りながらの脱出には、実に心許ない装備だった。


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