(四)小さな戦い②
「旦那様、本日は良い品を四つ仕入れたとの報告が上がっております」
目の前の人物に告げると、男は恭しく頭を下げた。この男は執事であり、報告をした相手こそデンティーク子爵その人である。
「おお、そうか! では、食事を終えたら早急に見に行こうか。良くやった」
豪華な食事を前にしながら、報告に喜色を浮かべる。この部屋に居るのは二人だけで、食卓を共にする者は居ない。
子爵は中肉中背での中年で、やや髪が薄いことを除けば外見は普通である。だが、その下品な笑みは他人に不快感を与えるに十分だった。
「今回も足が付くような品ではないのだな?」
「はい、シルネラの冒険者から仕入れたとの事ですので、問題無いかと。それと、不要品はいかが致しましょうか」
「特に処分せずとも良い。使えそうならいつもの連中に売れ」
「畏まりました……」
執事は軽く頭を下げると、子爵を残し音もなく退出していった。
エラゼルの合図を待つ間、特にする事も無く、ラーソルバールはベッドに腰掛けて呆けていた。
「フォルテシアはお父様と一緒だから心配ないとは思うけど、私達に会えなくて困ってるだろうなぁ。今頃どうしてるかな……」
彼女が奔走し、ジャハネートの協力を仰いでいるとは想像もしていない。ただ、迷惑をかけ申し訳ないな、という思いが募る。
せめてこの場所が知りたいとは思うが、外の様子を伺おうにも、窓は高い位置に有るうえに小さい。普段から明かり取り程度にしか使われていないことが分かる。
ここに入れられてからどの程度の時間が過ぎたのだろうか。二刻か三刻か、何もない空間が感覚を鈍らせる。どうやって出ようか、体内魔力を集中させ、扉を蹴り飛ばしたら開くだろうかと考えて時が流れる。
静寂の中、僅かに歌のようなものが聞こえてくる。それはエラゼルの声。彼女の暇つぶしか、歌うことで周囲の反応を窺っているのか。聞き慣れた声に、ラーソルバールは少し落ち着きを取り戻した。
「ありがとう、エラゼル……」
彼女には聞こえないだろうが、小さく感謝の言葉を口にした。
エラゼルが歌うのを止めてしばらくの後、廊下を歩く足音が聞こえて来た。それは石を敷き詰めた廊下に硬い靴底が当たる音。
(……不規則な音……二人?)
耳を澄まし、扉に耳をつける。武器は所持しているのか、鎧は? 彼らの行く先はどこか、扉を開けるとしたら何処か。
足音に混ざった金属音はしない。手ぶらなのだろうか、それとも小型のナイフでも持っているのか。
足音が止み、鍵を開ける音が聞こえてくる。だが、この部屋ではない。音だけでは判別出来ないが、恐らくは向かいの部屋。
扉が開く音が響く。
「さあ、旦那様の所へ行こうか」
「離して下さい!」
男の声の後にシェラの声が響いた。
「うるさい! 黙ってついてこい!」
「嫌っ!」
シェラ叫んだ直後だった。鈍い音がしたかと思うと、悲鳴と共に、大きな物音が響いた。
「シェラ!」
もう待ってなど居られない。抵抗すれば男達は何をするか分からない。エラゼルの動きに合わせる余裕もなく、予定通りにはいかない事を思い知らされる。
扉を叩いてみたが、素手でどうにかなるものではないとすぐに分かる。ましてや手枷をされた状態では尚更だ。
それならば、他の方法を。
「ファリアル・エン・リルファイ……」
一歩後退して、新しい教書に出ていた魔法を唱え始める。数度練習したが、一度も成功したことは無い。それでも、ここの状況を打開するにはこれしか無い。
「小さな光よ集まりたまえ……」
光の粒子のようなものがラーソルバールの右手に集まり、輝きを増す。魔力の暴走を抑えるため、雑念を払い、精神を集中する。
「我が力とひとつになり、鋭き刃となれ!
詠唱が終わった瞬間、右手から光の束が放たれると、細い曲剣のような形状に変化しながら、勢い良く扉と壁の隙間に吸い込まれるように消えた。瞬間、何かを切断するような音が聞こえると、扉が僅かに開く。鍵が切断された証左だった。
ラーソルバールは魔法の成功を喜ぶ間もなく、扉の取手を掴んで部屋の外へと飛び出した。
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