第二十三章 剣が語るもの
(一)信用と賭け①
(一)
「やぁっ!」
シェラの剣が空を切る。
ボルリッツを捉えたはずが、あっさりとかわされていた。
「コッテ嬢は踏み込みが甘いな。あとは……」
断りきれぬまま昼食をともにした後、待っていたのはボルリッツとの手合わせだった。
ガイザは手合わせを既に終え、日の光を楽しむかのように草の上に座っている。
「おじさん、生き生きしてるね」
兄の隣でエシェスが笑う。
「僕なんかよりも教え甲斐が有るだろうしね」
アシェルタートは苦笑いをしながら、手合わせの様子を眺めている。
「お仕事の方はよろしいのですか?」
ラーソルバールは無駄とは思いつつも、聞かずにはいられなかった。
「そう邪険にしないでくれ。こういう楽しい事は中々無いんだから」
照れ臭そうにしながら、視線は動かさずに二人の戦いを見つめている。
「そうですよ、兄様はルシェお姉様と一緒に居たいんですから」
「なっ……」
「皆が知ってますよ。兄様が鼻の下を伸ばしてたって。私もこんな綺麗なお義姉様が出来たら嬉しいですし」
「えっ、その……」
エシェスの言葉は年長者二人を沈黙させた。
「ルシェお姉様はお兄様の事がお嫌いですか?」
「いえ、そんな事は……」
なお勢いに任せ問いかけるエシェスの言葉に、ラーソルバールは答えに窮して下を向いた。
「ラ……ルシェ……交代」
シェラが助けを求めて戻ってきたので、好機とばかりに急いで木剣を受け取り、ボルリッツの所へと駆け寄る。
「あれ、お邪魔しちゃいました?」
シェラが息を切らしながらアシェルタートの顔を見る。
「今、良いところだったんですよ!」
エシェスが頬を膨らませてシェラを軽く睨む。声の主に向き直ると、シェラは破顔一笑した。
「可愛い! こんな妹が欲しいなぁ」
怒っていたはずのエシェスはシェラの言葉に赤くなりつつ動揺する。
「お……、お兄様と婚約する宣言ですか?」
「ふふ、そんな事したら、私がルシェに怒られちゃう」
「ん? どういう事ですか?」
意味が理解できず、エシェスは首を傾げる。
「そういう事です」
シェラはエシェスに微笑んだ。
ラーソルバールと対峙してボルリッツは悩んだ。
この娘は明らかに他の二人よりも強い。だが、剣筋が不自然にぶれたり、型が本人と合わずに戦いにくそうにしているように見える。
何かを隠しているのかと探りつつ、剣を突き出すと、やはり戸惑いながらも的確に対処してくる。時折鋭い攻撃が来たかと思えば、そうでないものが混じる。
違和感に首を捻る。
「嬢ちゃん、全力でかかってきな。年寄りと見くびっているのか?」
「全力ですよ」
真剣な眼差しでボルリッツに応える。
そして理解した。「この娘は知られたくない何かを隠している」と。ただ、彼女の瞳はルクスフォール家に災厄をもたらすようには見えない。何かを探ろうとする密偵とも違う。それを暴くべきなのかどうか、悩みながら剣を振るった。
そう、ボルリッツの違和感はラーソルバールが騎士と悟られるような剣を避け、太刀筋を変えていた事によるものでだった。更にアシェルタートの眼前でボルリッツに一撃を加えないよう細心の注意を払っていた。
ただ、簡単に負けてしまえば信用を失い、探索許可を取り消される可能性もある。ボルリッツには感付かれているかもしれないと思いつつも、他にやりようがなかった。
「お疲れさん」
ボルリッツは満足したように、剣を下ろした。
「ありがとうございました」
ラーソルバールは頭を下げると、木剣をボルリッツに手渡す。
「別の機会が有ったら、手の内を隠さず勝負してくれよ」
ボルリッツは他の者に聞こえぬよう囁く。
「全力だと申し上げたはずですが……」
少し身を硬くしつつ、視線を合わさぬよう答える。見抜かれている可能性が高いと分かっているだけに迂闊なことは言えない。
「何の事情か知らんが、ルクスフォールに害を及ぼすつもりは無いんだな」
「無論です。あの方が悲しむ事など……」
ラーソルバールは言葉を止めた。その真剣な顔を見てボルリッツは眼前の娘を信じる事にした。
「ああ、すまねえ。ちょっと剣の話が長引きそうだ。アシェル達は先に戻っててくれ」
「分かりました」
アシェルタートは素直に剣の師の言葉に従い、皆を連れて館へと戻っていった。
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