(四)小さな始まり②

「すみません! 考え事をしていたもので!」

「ああ……いや、こちらも注意していなかったのが悪いんだ。申し訳ない!」

 互いに謝りながら立ち上がる。

 頭を下げた後、ラーソルバールは慌てて散らばった荷物を拾い集める。相手の人物も荷物を拾うのを手伝おうと腰を屈めて手を伸ばす。

「野営用の調理道具とフォークやナイフ?」

「ええ……、そうです」

 不思議そうに尋ねるのは、ラーソルバールと大して年の変わらない青年だった。

 窓から漏れる明かりで、黒に近い濃茶の髪と、端整な顔立ちが映し出される。その横顔を見てラーソルバールは一瞬、手を止めた。


「はい、多分これで全部」

「あ、……ありがとうございます」

 急いで手元にあったナイフを拾い上げると、青年が拾い集めた物を受け取る。

「君は冒険者か何か……なのかい?」

「え、あ、はい。一応……」

「どうかした? どこか怪我でもしたかい?」

 青年は口ごもるラーソルバールを不思議そうに見る。

「……ええ、多分大丈夫です」

「そうか、それならば良かった」

 安心したように、笑顔を浮かべた。

「貴方は大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だよ。冒険者とは言え、夜道は危険だから送っていくよ。君の……」

 近くの店の扉が開き、暗がりに居たラーソルバールが光を纏う。その姿に、青年は言葉を止めた。

「……何か?」

 青年の様子を見て、今度はラーソルバールが聞き返す。

「あ、いや、その……」

 明らかに動揺する姿を見て、ラーソルバールはくすりと笑う。

「その……余りにも綺麗な人だったもので……」

「……え?」

 意外な言葉に動揺する。

 同性に褒められる事は有ったが、男性から面と向かって言われた事は殆ど無く、慣れて居なかった。

 過去の事例、もちろんウォルスター王子の言葉など世辞だろうし、相手が相手だけに緊張してそれどころではなかった。また、社交界で寄ってきた人々の言葉も、社交辞令だと思って聞き流している。

「砂埃にまみれていて、化粧もしていません。冗談は止めてください」

「あ、世辞や冗談のつもりは無いんだが……」

 青年は照れ臭そうに頭を掻いた。

 その所作ひとつからも、彼がただの優男ではないという事は分かる。ただ、このまま一緒に居たら……。この場を離れよう、そう決めた。


「では、失礼します」

 ラーソルバールは何かを誤魔化すように、頭を下げる。その勢いでこぼれそうになる荷物を慌てて戻すと、逃げるように宿への道を歩き出す。

「ああ、待った! 左肘から血が出ている」

「え? ああ、大丈夫です」

 荷物を持っているので、肘を確認できない。痛みはあったが、打っただけだと思っていたので、気にもしていなかった。

「ちょっと荷物を置いて、袖をまくって」

 ラーソルバールは振り返らずに荷物を置き、袖をまくる。確かに肘の辺りの服に血が滲んでいた。

「そのまま、動かないで」

「あ……これぐらいなら、仲間に治して貰えます」

「じゃあこれが終わって、戻ってからそうすればいい」

 そう言いつつ、青年は無詠唱で魔法を完成させ、掌に少しだけ水を生み出して肘の傷口を洗う。それが終わると、懐から取り出したハンカチで肘を押さえるように巻き、軽く縛った。

「これは洗ってから使ってないやつだから、大丈夫だよ。このまま返さなくてもいいからね」

「……色々申し訳有りません」

「いや、こっちも悪いんだから、気にしないで。はい、荷物」

「ありがとうございます」

 ラーソルバールは礼を述べると、そそくさとその場から離れるように歩き出す。今、自分の中で整理がつかないものが渦巻いている。その事実から逃げようとしているだけだと、自覚はしている。

「送っていこうか?」

「いえ、大丈夫です!」

 青年の声に少しだけ振り返ると、微笑んで会釈をし、ラーソルバールは暗闇に紛れた。

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