第二十一章 帝国を歩く
(一)帝国の土①
(一)
シルネリアを発って二日目の夕方、一行は遂に、バハール帝国の領土に足を踏み入れようとしていた。
国境にある検問所では入国審査が行われるが、予定通りシルネラ国民として振舞わなければならない。身分証明書も整っているので、まずは書類等の審査は問題ない。
言語や文字だが、幸いな事にシルネラも公用語を使用しているうえ、地方による訛りもないのでヴァストールに居るときと変わらず、特に意識する必要も無い。短い期間だが、シルネラ国内の情報も頭に叩き込んでいるし、旅装や、普段着もシルネリアで購入し直しているため、入国時の審査で怪しまれる事もないはずだった。
そう思ってはいても、やはりその段になると緊張するもので、審査の順番が近づくに連れて心配にもなってくる。
「次は、乗合馬車の一行か?」
検問を受けるため馬車を降りて待機していた一行に、国境警備の兵士が公用語で問いかける。
「はい、全員シルネリア在住の冒険者です」
別の兵士が馬車の中を覗き込む。
「変な物を積んでいないか?」
「生活必需品と、着替え、あとは探索に使う道具くらいですかね?」
モルアールがさらりと答える。いや、そう見えた。
おかげでラーソルバールにも少し余裕ができた。
「身分証明書は?」
「これで全員分です」
ラーソルバールはギルドの認識票と、シルネラの身分証明書を提示する。
「ふむ、問題無さそうだが、随分と若いな」
「そうですか?」
怪しまれぬよう、普段通り答えたつもりだが、兵士の問い掛けにはやはり緊張する。
「まだ若いのだから、冒険者などという危険な仕事を選ばずとも良かろう?」
「お気遣い痛み入ります」
「皆、それだけ器量が良ければ、どうとでもなるだろうに。……いや、要らぬ世話だったな、忘れてくれ」
「有難うございます。生きて戻ったら身の振り方を考えます」
ラーソルバールは笑顔で返した。内心、余計な事を聞かれるのではないかと、冷や冷やしていたが、表情に出なかっただろうかと心配になる。
「無理するなよ。……行っていいぞ」
やや顔を赤くしながら、若い兵士は道を空けた。
一行は門を抜けると、門兵達に頭を下げてから馬車に乗り込む。全員が乗り込んだのを確認すると、御者は軽く手綱をしごき馬車を動かした。無事、帝国の土を踏むことができ、誰もが胸を撫で下ろす。
後ろを見ると、兵士達は既に次の入国者達の対応を始めていた。
「一般の兵士はどこも変わらぬのだろうな」
エラゼルの言わんとするところを、ラーソルバールも理解できる。
兵士達は人当たりも良く、気遣いまでする。いずれ帝国が牙を剥いた時に敵になるかもしれないが、それを決めるのは国の上層部であり、彼らではない。一般の兵士は、上から言われた事を忠実に実行するだけの存在でしかない。
帝国だから敵であり悪であると、ひとくくりに出来ないというのは、理性では誰もが分かっているはずなのだが、戦争になればそれを忘れてしまうのだろうか。
馬車は国境近くの町、カサランドラへと向かう。
道中、風景が段々と変わってくる。シルネラと国境を接する割には、どうにも荒地が多く、植物の生育が悪いように見える。
「気候的には変わらないはずなのに、何が違うんだろう?」
馬車から身を乗り出して外を眺めていたシェラが、疑問を口にする。
「この辺りは、岩盤が露出していて、土が少ない。鉱石が取れるんだが植物には優しくないのだと、以前に馬車に乗った学者さんが仰っていたよ」
「ああ、カサランドラは鉱山で成り立っている街でしたっけ」
「そうだね。なかなか希少な鉱石も取れるとか。あっしらにゃ、関係ありませんけどね」
御者が説明してくれたおかげで納得がいった。そしてひとつ分かった事がある。きっと今夜の食事は美味しくないに違いない、と。
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