(三)剣を振るうは誰が為に③
「あやつめ、いつまで手を抜いているのか」
エラゼルが呟く。その声が聞こえたようで、シェラがホグアードを指差した。即座に意図を解し、エラゼルは眉間に皺を寄せる。
「ああ、やはりまた悪い癖か。性格だけに仕方がないとはいえ……」
呆れたようにため息をつく。
「的確に防御しているようだが、攻めなければ勝てんよ」
ホグアードは戦っている二人に聞こえるよう大きな声で言うと、余裕たっぷりに笑った。
「そうですねえ。どうしましょうか?」
猛攻を受け、防戦一方で余裕が無いはずのラーソルバールが口にした答えが、あまりにもいい加減に聞こえたため、ホグアードは少なからず苛立ちを覚えた。
「ここで手こずっているようでは、ウチのさらに上の連中とやっても相手にならんな。騎士団長とはその程度で何とかなる相手なのか?」
挑発するように言った言葉で、エラゼルが吹き出した。
「ほほぅ……そうですか。ホグアード殿、その言葉は余計でしたな」
エラゼルが愉快そうに笑った。
「なに?」
言葉の意味が分からず、ホグアードはエラゼルを見る。
「そういう事らしいぞ、ルシェ」
「なるほど安心しました。一番強い人を倒してしまってはギルドの面子に関わるかと思っていましたが……これで遠慮なく出来ます」
ラーソルバールは笑うと防御から一転、剣をさらりと受け流して後ろに飛んだ。
ひと呼吸置き、再度間合いを詰めると、三度斬撃を放ち、左肩、右腕、腹部と的確に振り抜く。その全てを避けることも、剣で止める事も出来ずに、打ち付けられたエドウィールはよろけた。
「この程度では騎士団長に触れることすらできませんよ」
「さあ、本気でやってやれ」
エラゼルが手をひらひらと躍らせ、楽しそうに促す。
「了解!」
ラーソルバールは返事とともに、今までとは全く違う動きで連続で突きを繰り出す。わざと体をかすらせるような攻撃だったが、エドウィールは対応できずにじりじりと後退する。攻撃が突きから薙ぎに変化しても、反撃も防御もできず、あまりの事に恐怖心が芽生える。
膝を屈しそうになった瞬間、視界からラーソルバールが消えた。
「ぐぁ!」
直後に、腹部を襲った激しい衝撃にエドウィールは悶絶する。腹を押さえ、よろよろと後ずさりすると、そのまま尻餅をつくように崩れた。
あまりの事に周囲は沈黙し、誰も言葉を発しない。反して、騎士学校の仲間達は平然とその光景を眺めていた。
「勝負あり、だな」
エラゼルは、したり顔でホグアードを見やる。
野次馬たちは、その声で我に返ると一斉に歓声を上げた。
「すげぇ、何だ今のは!」
「エドウィールさんが倒された!」
「何だあの娘! 強いくせに可愛いじゃねぇか!」
「おい、あっちにいるのも別嬪だ!」
何やら戦闘以外の方にまで視線が行った模様で、余計な雑音が混じる。
「これで、回答としてよろしいでしょうか?」
勝者は何事も無かったかのような顔で振り向いた。
「ああ、俺が悪かった。ちょっと鼻っ柱を折ってやろうかと思ったのに、こっちがとんだ恥をかいちまった。まあ、俺が悪いんだから恨みはしないさ」
悔しさを通り越して、呆れたのかホグアードは自嘲気味に言った。
「それは何より」
挑発するんじゃないぞ、ラーソルバールはエラゼルを睨んだ。
「エドウィール、立てるか?」
「いやあ、少し座らせて置いてください。まだ、足がガクガクいっている」
「あ、私が手当てします」
慌ててディナレスが駆け寄る。傍らにいたラーソルバールが頭を下げる。
「すみません、もう少し加減しておけば……」
「いや。名が売れ、少々調子に乗っていたかもしれない。もっと強くならなくてはと思い知らされた」
ディナレスによる治癒が終わると、エドウィールは各所を確かめるように立ち上がる。
「ありがとう、もう良いみたいだ」
ディナレスに礼を言うと、ラーソルバールに手を差し出す。ラーソルバールはその手を握ると「お疲れ様でした」と屈託の無い笑顔を向けた。
「ラ……ルシェ、動き足りない。少し相手を頼む」
ホグアードに了承を取ると、二人は剣を手に稽古を始めたのだが……。二人の少女が作り出す、年齢と容姿からは想像出来ないような光景に、周囲が唖然としたのは言うまでもない。
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