(四)職人の想い③

 剣を手に幼子のように喜ぶラーソルバールを見て、女店主は笑顔を浮かべた。

「見てごらん父さん、あの娘がこんなに大きくなって、宰相様まで守ったんだってさ。父さんの剣をあんなに嬉しそうにしてくれて……良かったね」

 女店主はラーソルバールらに聞こえぬよう小声で呟き、工房に視線をやる。一瞬、そこに座る父の喜ぶ顔が見えた気がした。

「リゼリアに伝えておいてね……」

 少し溢れてきそうになった涙を隠すため、瞳を閉じる。

 そして、再び瞼を開くと、幼馴染に良く似た少女が居る。少しだけ時間が戻った気がした。


「またおいで、今度はウチに上がってゆっくりしていきな。リゼリアの恥ずかしい話、いっぱい聞かせてやるよ」

 恥ずかしい話って何だろう、今すぐにでも聞いてみたい。だが、それを許す時間はラーソルバールには無い。女店主に歩み寄る。

「まだ……お名前を伺っていませんでした」

「私かい? マリザだよ」

「マリザさん、お店を閉めると伺ったんですが……」

「ああ、ちょっとの間だけ閉める予定だよ。けど、旦那と息子が父のような鍛冶屋になれるよう練習中だから、すぐに店を再開できると思う……多分。貴女から貰ったお金もあるから、当分は大丈夫だしね」

 心配そうなラーソルバールに気遣いさせぬよう、マリザは笑って答えた。

「じゃあ、ひと月が経った頃にまた来ますね」

 無事に常闇の森から帰ってこれたら、だが。帰ってきた時の楽しみくらい用意しておいたって良いではないか。そうすれば、頑張ろうという気にもなる。自分に言い聞かせた。

「はいよ、待ってるよ」

 マリザはひと月という言葉に関しては、何も触れなかった。

 ラーソルバールは優しい微笑みに送られ、友と一緒に店を出る。


 店の前まで出て手を振って見送るマリザを振り返って見やると、ラーソルバールはあの時の事を全て思い出した。

 そうだ、ヴォルッセンさんは怖そうな顔をした人だったけれど、目は優しかった。自分が初めての剣を手にいれ大喜びしている横で、父と笑顔で何かを楽しそうに語っていたっけ。それを見つめるように、マリザさんは二人の間に穏やかな表情で座っていた。最後にヴォルッセンさんは「良い『きしさまに』なれよ」と、大きな硬い職人の手で、頭を優しく撫でてくれた。

「ありがとうございます、ヴォルッセンさん…」

 ラーソルバールは店に向かって深々と頭を下げた。


「遅くなってごめんね、剣を買えたから、『鉄鉱石』の社長にお礼を言って、次の買い物しないとね!」

「いいなあ、私もそんな剣が欲しい」

 シェラが指を咥えて剣を見る。

「あ…あげないよ!」

「冗談だよ。でも、想いの詰まったいい剣だね。その分、期待に応えられるようにしないとね」

「重い期待だな」

 ガイザがシェラの言葉に乗っかって笑う。

「そう言う二人は半端な物を選んでないのか?」

 エラゼルの言葉にフォルテシアが頷く。エラゼル自身は剣を買っていない。今まで使っていた物に不満があるわけでも無いし、それ以上の物が簡単に見つかるとは思っていないからでもある。また、フォルテシアはどうやら気に入ったものが有ったらしく、剣を手にして以降はずっと上機嫌だ。


「あとは着替えと……」

「靴は大丈夫?」

「げっ! それはシルネラに行ってから…」

 笑い声が街中に響いた。

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