(三)旅支度③

「私の剣筋、おかしいですか?」

「いえ、素人が言うのもなんですが、素晴らしいです。ただ……、間合いや切込みの手首の角度から、やや先の湾曲した片刃の剣が手に馴染んでおられるのではないかと、推察したまでです」

 ラーソルバールは驚いた。まさか一度の試し切りでその事を見抜かれるとは思っていなかった。

「凄い眼力だ。片刃を使っての鍛錬が染み付いていたのだろうが、それが分かるとは只者ではない……」

 そう言ってエラゼルが唸る。

「いえいえ、私も元々は鍛冶職人ですから。納品する方々の剣捌きを、人より多く見させて頂いて来たに過ぎません。だから、何となく分かるだけですよ。それと……、恐らくその腰に挿しておられる剣、片刃なのではありませんか?」

「え……、ええ。父に貰った剣です」

 鞘の外見は直剣のそれと同じで、見ただけで区別できるようなものではない。

「柄を見るに、相当使い込んでおられますね。拝見してもよろしいですか?」

「あ、どうぞ」

 ラーソルバールは腰から剣を鞘ごと外して、老社長に手渡す。

「ああ、見るからに片刃特有の握りの跡ができていますね。直剣では握りの跡がここまで一方に偏る事はない」

 感心したように呟きながら剣を眺める。

「失礼しますよ」

 老社長が剣を抜くと工房長が歩み寄ってくる。

「おお!」

 工房長が声を上げたが、老社長はそれを気にすることなく、剣を見つめる。

「鞘の重さで分かりにくいですが、随分軽い剣ですね。しかも一切の刃こぼれが無い。手入れというより、恐らく物凄く丈夫なものなのでしょうか」

「子供の私が持てるように軽く、乱暴に扱っても折れないように丈夫にと、父が注文して作って頂いたものらしいです」

「ほほぅ」

 興味津々という様子で、工房長が剣を眺める。今にも老社長から剣を奪い取りそうな雰囲気だ。

「すみません、銘を見せてもらえませんかね? これだけの物だ。子供用に作ったとは言え、間違いなく銘を入れているはずだ」

 痺れを切らして工房長は手を出した。

「どうぞ…」

 そう答えたものの、工房長の様子が可笑しくて、ラーソルバールは思わず笑ってしまった。


 工房長は嬉しそうに剣を受け取ると、近くのテーブルに運ぶ。そしてすぐに腰にぶら下げていた道具で、手際良く柄を外した。

「何と!」

 工房長が大きな声を上げので、老社長が歩み寄る。

「どうしました?」

「これ、ヴォルッセンさん……」

「ほう!」

 二人は何やら驚いたようにやり取りしているが、ラーソルバール達には何が何だかさっぱり分からない。旅仕度はまだ終わっておらず、あまり時間も無い。ラーソルバールは困ったように声をかけた。

「あの……」

「ああ、失礼……。とても良い職人に作って頂きましたね。この剣を作られたのはヴォルッセンさんという方で、うちにもたまに納品してくださっていたのですが、残念ながら一昨年に亡くなられました」

 老社長は少し寂しそうな顔をする。

「私事ですが、ヴォルッセンさんは私より少し年上で、腕は私より遥かに良い方でした。目標にしていたものの、埋められない差を感じて私は鍛冶職人としての限界を知り、経営の方に力を入れることにしたのです」

「そのおかげで、店はずっと上り調子ですがね」

 工房長が豪快に笑うので、気恥ずかしそうにしながら老社長は顎鬚を触る。

「小さな工房と店を持っておられましたが、今は残った品を娘さんが売りきったら、店を閉めることになっているそうです」

「はあ…」

 説明されても、今は何と答えて良いやら分からない。ラーソルバールの返事は曖昧なものになってしまった。

「売り上げに色々と貢献して頂いたので、うちのことは気にせず、そちらに行かれてみてはいかがでしょう。もしかしたら、良いものが残っているかもしれません。無ければ、うちで先程の剣をお買い上げください」

 老社長は笑った。

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