(二)依頼③

 ラーソルバールはエラゼルの目を見る。瞳に映る意志が揺らぐ様子は無い。

 それを確認すると、ラーソルバールは無言で頷く。了承を得て安心したように、エラゼルは小さく息を吐くと、微笑みを浮かべた。

 もとより、エラゼルにはついて来て貰うつもりであったが、本人に迷いがあれば断ろうと考えていた。


「なぁに、ラーソルはどこに行く事にしたの? 私も行くよ」

 二人の様子を見ていたシェラが首を突っ込んできた。

「ん、うん……」

 問い掛けには応じるものの、話して良いのか迷う。

 常闇の森も危険だが、帝国領内に入るという事も考慮に入れなければならない。

 本音を言えば一緒に居て欲しいが、危険に晒す事になるのは間違いない。ラーソルバール自身とて、無事に帰ってこれる保障は無いのだから、ある程度は自分の身を守れる程の強さが無ければ、連れて行く訳にはいかない。

「歯切れが悪いなぁ、危ないところ?」

 問われて黙って頷く。

「私も、行く……」

 ためらうラーソルバールに、フォルテシアも詰め寄る。

 その様子を見ていたエラゼルは、二人の首を両腕で抱えると、耳元で何かを囁いた。

「行くに決まってるじゃない!」

 何を言われたのだろうか、シェラは怒ったようにラーソルバールに詰め寄る。

「迷わなくていい。私も行く」

 フォルテシアも続く。

 勢いに圧されエラゼルを見やると、それに気付いたのか、彼女はラーソルバールに微笑んだ。「連れて行けばいい」そう言っているように見えた。

 大きくため息をついた後、ラーソルバールは観念したように首を縦に振った。


「何処へ行くつもりか分からないが、女ばかりだと困る事もあるだろう。俺も行こうか?」

 鬱々とした雰囲気のラーソルバールを見て、気になったのだろうか。ガイザはそう言ってラーソルバールの顔を見る。

「男同士の付き合いはいいの?」

 遠慮しつつラーソルバールは返す。

「まあ、誘われてはいるけどな。お前さんがそんな顔しているから、面倒事かと思ってさ」

「男一人になるよぉ……ふふっ」

 シェラが茶化すので、ガイザは黒髪を掻きむしった。

「あ、でも、男ひとりになるかどうかは、まだ分からないんだよね……」

 そう言うと全員の頭を寄せるよう、ラーソルバールは手で合図をする。そして皆に、校長からされた話をそのまま伝え、その理由も語った。


 話を聞いてエラゼルは真っ先に唸った。

「つまりは、その魔法学院、救護学園から来る連中というのが、どのような者なのか、現時点では分からん、ということか」

「そういうことになるね。だからガイザが居てくれた方がいいかもしれない。ただ……」

「女ばかりの中に、本当に男一人になるかもしれないって事ね」

 最後にシェラが悪戯っぽく笑った。

「男一人は辛いな……。とは言え、俺も今の話を聞いちまった以上、引き下がれねえ。先日の黒幕ががもし居たとしたら、一発ぶん殴ってやらないと気が済まないからな」

 憤慨するガイザの言葉に、フォルテシアが無言で同意する。


「今回は、支給されるお金じゃ足りないからって、別に支度金も用意されているから、しっかり装備を買い込んで行かないとね」

 それでも足りない分は、先日の褒賞金から払うしかない。

 先日の一件で痛感した。生半可な武器では通用しない相手が居るという事。いくら剣の腕を磨いたところで、剣で傷つけられない相手では話にならない。

 そういう意味では良い経験だったのかもしれない。


 それにしても…。

 旅先には、どのような出来事が待ち受けているのだろうか。不安の塊に押し潰されそうになるが、仲間を守る責任もある。最早、フォンドラーク家の人々の事といった、個人的な事情で落ち込んでばかりは居られない。

 ラーソルバールは前髪をかきあげると、気付かれないように小さくため息をついた。

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